Re:STYLING MONO #40 シンプルなデザイン故に喫煙具の主役へと 躍り出た「ジッポー」のライター

#40 ジッポー


20世紀初頭のアメリカは、いまとは比較にならないほど保守的な国民たちが大勢を占めていた。農村部を中心とした宗教的、かつ生産と倹約を強調するような社会通念が支配していたのである。しかし、都市部を中心として始まった革新的な思想は、工業生産力を背景に新しい価値観を広め、第一次世界大戦による繁栄も手伝って“狂乱の20年代”を迎える。いわゆる“ジャズエイジ”の誕生である。

世俗的な価値観が生まれ、都会を中心に余暇と娯楽を重視する社会へと変貌した。人々はファッションに目覚め、ジャズを聴き、禁酒法下でも隠れて酒を飲み、タバコを吸った。そんな未曾有の繁栄はしかし、1929年の大恐慌で終焉を迎える。ただ、世俗的な価値観は経済不況下であっても消え去ることはなかった。『ジッポー』ライターの登場は、この国が恐慌にもがき苦しんでいた1932年のことである。翌年から始まる経済復興の波に乗り、一躍大人の小道具として知られる存在となる。

何の変哲もない箱型ライターがあっという間に喫煙具の主役へと躍り出た理由は、そのシンプルなデザインがスーツやシャツの胸ポケットにすんなりと収まるフォルムであり続けたから。

平坦なボディを持つが故に、企業のロゴを印刷してノベルティとしての利用価値が早くから注目されていたジッポー。1935年頃からこうしたロゴや絵柄の入ったアイテムの製造を始めている。初期はイニシアルのみのものが多かったが企業や軍隊、果ては個人に至るまで何十万、あるいは何百万という数のノベルティがこれまでに製造されている。タバコのパッケージが印刷されたものは中でも最もポピュラーな存在であるが、喫煙文化そのものが縮小する一方の現在、逆に前世紀の記憶として、コレクションの価値が高まってくるのではないだろうか。

コレクション価値の高いジッポーの初期モデルは、まずファーストモデル、1/4インチ背が低いセカンドモデル、上下の角に斜め線が装飾されたモデルあたりが有名だ。1935年頃までは左ページ手前の写真のように、外側にヒンジのついたモデルを生産。

ジッポー初期のモデルの中でも人気が高い「ダイアゴナルライン」の入ったセカンドモデル。当時流行していたアールデコの香りをシンプルに表現している。ジッポー人気が高まっていた1988年にジッポー社はファーストモデルのレプリカを発売。このセカンドモデルは1982年に復刻されたもの。

安価で信頼性の高い機能を実現するために捨てた装飾性


 ジッポー社の創業は、アメリカ東海岸に位置するペンシルバニア州ブラッドフォードで始まった。創業者はジョージ・G・ブレイズデル。社史によれば、パーティ会場でなかなか火が着かないオーストリア製のライターで苦労している友人をひやかしているときに、ブレイズデル本人が製造を思いついたという。そのとき友人が負け惜しみで口にした言葉「It Works」(火が着けばいいのさ)は後年、同社の広告でも盛んに使われるようになった。

 20世紀初頭に考案されたライターは、当時まだまだ新しい道具であり、油を染み込ませた火縄式か、装飾が施された高価なオイルライターがほとんどだった。ブレイズデルは安価で信頼性の高いライターの開発を目指し、試行錯誤の末に角張った長方形のライターを完成させる。当時流行していたアールデコのイングレーブ(彫金)が施されていたオイルライターとは異なり、デザインという概念は捨て去った。ただ、一発着火と風に強い炎の大きさは他の追随を許さぬ出来ばえで、まさに「It Works」を体現する製品であった。そして、当時有名だったペンシルバニアの発明品であるジッパーをもじって『ジッポー』という製品名を命名する。当初の販売価格は2ドルであった。

 ジッポーが誕生した1932年当時のアメリカは、1929年から始まった大恐慌で最悪の経済状態だったが、翌1933年、大統領F・ルーズベルトによるニューディール政策が始まり、経済復興が進み始めたことは、同社にとって追い風となった。産業界全体への振興政策が当たり、景気回復とともに需要が高まって、ジッポーは順調に売り上げを伸ばしていく。1935年くらいからは、平坦なボディが宣伝用メディアとして活用され始める。企業のロゴや絵柄が入ったノベルティとして、安価でシンプルなデザインのジッポーは格好のアイテムだったのである。機能と価格のために捨てたデザインが、逆に、宣伝用グラフィックデザインのキャンバスとなったわけだ。喫煙人口が減る一方とはいえ、現在でもジッポーを使ったノベルティや限定品は作られ続けている。

 ジッポーを完成させたブレイズデルは、会心の出来ばえに「自分が生きている間このライターは変わらないだろう」と宣言したというが、80年経ったいまでも創業当初のままのスタイルであり続けている。同時に、最初から“永久保証”サービスを付けた絶対の自信は、80年間揺らぐことなく続いている。世界的に見ても減る一方の喫煙者。主にタバコに火を着ける道具として利用されてきたライターだが、「火を操る」という、人間と道具の関係性における根源的な存在意義は、こんな時代でも色あせることがない。ジッポーは文化としてそのスタイルを守り続けている存在だ。

誕生から80年間そのスタイルが変わっていないジッポーだが細かな仕様変更がないわけではない。インサイドユニットの小さな部品は年代によってさまざまに進化しており時代によってボディの素材も試行錯誤された歴史がある。

真鍮ボディのジッポーは2個目、3個目のチョイスとして選ぶ人が多い人気モデル。
風に強いジッポーの特徴は風防。軍隊やアウトドアで広く使われた実績がその機能を物語っている。

年代によってさまざまな刻印の変化があるジッポー。コレクターにとっては、年代判別の重要なファクターだ。
左から#200 レギュラー(フラットボトム)、#230(フラットトップ・コーナーカット)、#1941 ブラス、#162 アーマー、#1935 レプリカ、#1602 スリムアーマー。

アーマーの見分け方


 ジッポーの“アーマーモデル”にこだわっている人は意外に多い。アーマーモデルとはジッポー社オリジナルの企画で、2002年にスタートして今年で10年目。正式には『ZIPPO ARM
OR CASE MODEL』といい、通常のボディよりも1・5倍厚のボディである。当然、重量は通常モデルよりも重くなるが、肉厚の分だけ彫刻を深く施すことができ、デザインの幅が従来品よりも大きく広がる、という特徴を持つ。その無骨な手触りと重さを好む人には、人気のモデルである。アーマー所有者は触覚でその重さを覚えやすいが、通常のジッポーしか使ったことがない人は、判りにくいかもしれない。そのために、ボトムに“A”の文字が入ったアーマー・マークが刻印され、ひと目で判るようになっている。

パッと見た感じでは判りづらいが、良く見ると左側の鉄板の方にぶ厚さがあるのが、お判りいただけるだろうか。まさにアーマー(鎧)である。


#200 レギュラー(フラットボトム)
最もシンプルなスタンダードモデル。定番のジッポーである。上部は緩やかな弧を描く。フラットボトムとはライター底部がフラットで、日本専用モデルとなっている。

#230 フラットトップ(コーナーカット)
1937年に発売された、セカンドモデルのレプリカ。上下に施された2本の斜めライン「ダイアゴナルライン」は、定番モデルでは数少ない装飾性である。

#162 アーマー
いわゆる“アーマージッポー”と呼ばれるのはこのモデル。その肉厚感にこだわる人は意外に多い。パチンという開閉音もスタンダードモデルに比べて低い、大人のジッポーだ。

#1941 ブラス
ブラスサーテナの仕上げがシンプルなジッポー。1941年のレプリカ。ブラス(真ちゅう)のジッポーは開閉時の音が柔らかく金管楽器の鳴りとして好む人が多い。

#1600 スリム
1956年の初登場時「多くの人が待ち望んだライター」として宣伝され、女性にも使いやすいエレガントなライターとして6ドルで発売された。

#1935 レプリカ
外付けヒンジの、クラシックスタイル。1935年発売のセカンドモデルの復刻デザインである。フラットトップのクロームハンドバフ仕上げ。右上の#230(フラットトップ)より上下に短く、左右幅もヒンジ分だけ広い。

#30200 BLU2 ガスライター
ジッポーといえばオイルライターの代名詞だが、こちらは珍しいガスライター。創立75周年記念モデルとして2007年より発売。美しいブルーの炎が特徴的。ジッポー定番のフリント式にあえてこだわり、着火時のスパークがファンには嬉しい。ボトムスタンプもちゃんとある。

#1602 スリムアーマー
スリムジッポーのアーマータイプ。独特の重量感はアーマーならでは。ボトムのアーマー・マークにも注目したい。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年12月02日号


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  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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