工業デザインの思想闘争。装飾の否定と機能主義の徹底。
直線と曲線の弁証法。非装飾という理想と擬似自然という虚像。
バウハウス以来のモダニズム・デザインの哲理とは。
原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。
フランクフルト中央駅を背にした夕景。線路、電線、信号がなぜか美しく感じられる。Photo/Shutterstock
1879年、ベルリンの技術者ヴェルナー・フォン・ジーメンスが「電車」を考案した。
蒸気機関車より車体が軽量である。騒音が少なく煤煙も出ない。19世紀産業革命をになった屈強な蒸気機関車と比べると、スリムで、軽やかで、格好よく、なによりモダンに見える。
なるほど、新世紀20世紀を迎えるにふさわしい。当然のように地元ベルリン市はこれを採用し、市内全域に電化高架鉄道網を敷設した。
しかし、これに、思わぬところから反対の声が上がった。高架鉄道のむき出しの鉄骨が、景観を損ねるというのだ。
1902年、ドイツ工芸雑誌『装飾芸術』で、辛口の評論家レオ・ナハトは、「美的価値が低い」とこき下ろしている。鉄製の支柱が、「恐ろしいほど醜い実例」だというのだ。
曰く、「鉄製支柱というものは、真に芸術的な意味において成立しうるはずがない。真っ直ぐなだけの長い形態では、いかなる芸術的効果をあげようとしても無理である」。
のっぺらぼうの鉄骨では美しいはずがない。どこにも美的要素が見当たらぬではないか。
一刀両断に切り捨てたのである。
防空壕建設現場における労働者の基礎工事。ベルリン北部ライニッケンドルフ地区ヴィッテナウの中心地オラーニエンブルク通りに建設中の公共防空壕。(Sirenen und gepackte Koffer 1941)
ボルジッヒ社製蒸気機関車5 シリーズ初号機に流線形カバーをかけ空気抵抗を抑える。「05 001」番車。流体力学的流線形研究の母国としての矜恃でもある。(Energie 1935-4)
ユネスコの世界遺産に登録されているブレーメン市庁舎に施された装飾の数々。Photo/Shutterstock
モデル105シリーズは、パイロットクロノグラフのモデル103、3針のパイロットウォッチのモデル104から派生した、妥協のない機能と高品質なデザインをまったく新しい形で融合させたモデルである。ジンのモデルの中では、これまでに無かった丸みを帯びたインデックスと針が特徴的だ。
ステンレススチール製ケースにはビーズブラスト加工を施している。これはガラスビーズなどの細かい微粒子を空気と混合させて製品にあてる処理で、表面は光沢のある白銀色のマット状に仕上がっている。手触りも滑らかで心地よい。
回転ベゼルはステンレススチールをベースにテギメント加工とブラック・ハード・コーティングを施しており、キズがつくことはほとんどない。また、特殊結合方式で固定しているため、分解でもしない限り外れることは絶対にない。
以上は105シリーズ共通の仕様。以下は105.ST.SA.UTCに注目する。
ムーブメントはセリタ社のCal.SW330-1(自動巻/25石/28,800振動/パワーリザーブ42時間)。上空での負圧耐性もあり、防水性能は200m。
24時間刻みのラチェット式の両方向回転ベゼルは、第二時間帯表示を瞬時に設定することが可能だ。
そして、24時間表示式UTC(デュアルタイム)機能を搭載している。おまけと言ってはなんだけれど、最後にこのUTC針を使って方位を調べる方法を参考までに紹介しよう。
まず時計を水平にし、短針を太陽のある方に向ける。このとき、UTC針が示す方位が「北」、その反対側が「南」となる。以上は北半球でのみ有効な方法。南半球の場合は文字盤の12時の位置を太陽に向ける。この場合、UTC針は「南」を指し、その反対側が「北」となる。ただし、場所や季節で誤差が出るため、おおよその方位と認識しておきたい。
model 105.ST.SA.UTC
ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.9mm/重量:73g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格29万円+税(ブレスレット仕様は32万円+税)
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model 105.ST.SA.UTC.W
ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.9mm/重量:73g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格29万円+税(ブレスレット仕様は32万円+税)
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model 105.ST.SA
ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.9mm/重量:73g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格25万円+税(ブレスレット仕様は28万円+税)
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model 105.ST.SA.W
ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.9mm/重量:73g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格25万円+税(ブレスレット仕様は28万円+税)
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model 105.ST.SA.UTCシリーズ
model 105.ST.SAシリーズ
工業都市デュイスブルクにあるジェットコースターのように宙をうねるアート作品「タイガー&タートル マジックマウンテン」。220mの歩行可能エリアがある。Photo/Shutterstock
苦肉の策が講じられた。むき出しの鉄骨を、ツル草や花柄紋様の曲線をデザインした鋳鉄(ちゅうてつ)で覆って、隠してしまおうというのだ。ユーゲント様式の支柱が誕生した瞬間である。
それに対して、ウィーンのモダニズム建築家アドルフ・ロースは1908年、「装飾は犯罪である」と宣言した。徹底した機能主義の立場から、機能を阻害するものとして、いっさいの装飾を否定したのである。
ロースの主張は過激だった。装飾とは先住民族の「刺青」のようなもので、「美の発展に甚大な被害と呪いをもたらす」ものでしかない。「文化的に洗練された人びと」にとり、装飾が「生きる喜びを高めることなどない」。無論、ユーゲント様式も同罪だ。
彼は、装飾を排する「単純さへの衝動」を擁護した。なぜなら、単純さとは、機能を阻害しないことであり、機能が機能として完全にまっとうされることこそが、美しいからである。
従って、装飾とは「健康や国力」を阻害し、「文化の発展を損なうことによって」、「犯罪を犯して」いるのである。実際、ロースの作品は、装飾をそぎ落とした建物で、モダニズム建築の先駆となった。
左/アウグスブルクにある大聖堂のドアノッカー。ライオンの頭の周りをつる草で飾っている。右/ベルリンを流れる川に架かる橋の欄干。Photo/Shutterstock
ベルリン都心の目抜き通りにあるフリードリヒ・シュトラーセ駅。1880年頃と推定される駅構内アーチの建設現場。鉄骨の梁を正確に組み立てる。(25 Jahre Berliner Stadtbahn um 1880)
【01】ベルリン市内高架鉄道の支柱デザイン案。鉄骨を隠蔽する「ギリシア風列柱」。19世紀シンケルの擬古典主義を模した伝統的意匠。(Zeitschrift für Bauwesen 1884)
遊歩の哲学者ベンヤミンによれば、ガラスと鉄骨は近代主義の建材だ。
鉄骨は素っ気ない。直線で曲がなく平坦な表面は冷たい。むき出しの無機質そのものだ。
郷愁を誘う昔懐かしい街頭に、モダンな高架鉄道がやってきた。高架駅も高架支柱も素材は鉄骨。前世紀の有機的夢想に、新世紀の無機質性が突如現れたわけだ。
「都市の風景を破壊する」。景観論争から生まれたのが、無機質の鉄骨を、ツル草や植物の有機的レリーフで覆い隠すというデザインだ。やむを得ぬ折衷案である。
引用されたデザインは、植物のやさしいイメージ、ギリシア風の擬古典主義など、19世紀の都市住人にも慣れ親しんだものばかりだった。折衷案の折衷案たる所以である。
擬似自然の有機的イメージから幾何学的無機質のイメージへの移行は、企業ロゴにも影を落とす。
ドイツ屈指の総合電気メーカーAEGの宣伝ポスターが好個の例だ。
【02】【03】伝統的装飾と20世紀型機能主義との混淆デザイン「ユーゲント様式」。建築家グレナンダーによる折衷案。ベルリン市内コトブス門駅の高架線支柱。1902年。(【02】【03】共に Paul Wittig 1922)【04】植物紋様のディテール装飾をあしらう。同じくグレナンダーによる高架線支柱。市内バッサートア駅、1902年。(Paul Wittig 1922)
【05】むき出しの鉄骨構造に流線の有機的レリーフを施す。ベルリン市内ゲルリッツァー
駅、1902年。(Paul Wittig 1922)【06】鉄骨とツル草の融合。ベンヤミンによれば近代工業社会の時代、「ユーゲント様式は自然イメージの最後の避難場所」。ベルリン市内地下鉄ヴィッテンベルク広場駅入り口ゲート。グレナンダー設計。(Paul Wittig 1922)
【07】総合電気会社AEGの図案も伝統的曲線から機能主義的直線へと変遷する。1900年世界博覧会用カタログは典型的なユーゲント様式。O・エックマン作。(Industriekultur 1981)
【08】曲線と直線の混淆を示す「金属フィラメント電球」ポスター。1910年。工業デザインの始祖P・ベーレンスがこの変遷を加速させる。(Industriekultur 1981)
【09】幾何学的直線化への移行期。「ベルリン電気会社社報」1909年。【10】脱ユーゲント様式。1910年頃。【09】【10】共にベーレンス作。(Industriekultur 1981)
ベルリンにて。柔らかな曲線と力強い直線の対照的な構図。Photo/Shutterstock
質実、耐久性、機能主義、究極の合理性。
20世紀ドイツデザイン、それは工業デザインのみごとな系譜である。
しかし、世界を席巻したそのデザインも、20世紀初頭、装飾的な曲線と機能的な直線の、激しくも原理的な思想闘争をくぐりぬけて、初めて誕生したものである。
20世紀のドイツ工業デザインは、他ならぬ伝統的な芸術的指向と、モダンな機能主義との、理論的せめぎ合いの中からしか誕生しなかった。
確かに、Sinnのダイバー・クロノグラフのチューブレス構造も、逆回転防止ベゼルも、個別事象としてドイツ的だろう。だがじつは、その背後に潜む、こうした愚直な理論闘争こそ、思念的なドイツデザインの典型Sinnの真骨頂である。
大型競泳スタジアム「ドイッチェス・シュタディオン」の試作模型に見入る設計家ヴェルナー・マルヒ(左)。ドイツ近代大型スタジアム建築に多大な影響を及ぼした技師だ。(Das Reichssportfeld 1933)
かつては鉄鋼業で栄えていたドルムントの廃工場に残る冷却塔の骨組み。Photo/Shutterstock
ツェッペリン工場で建造中の飛行船「ヒンデンブルク号」。その完璧な鉄骨フレームに目を奪われる。Photo/Shutterstock
こうして初めて出会ったドイツ特殊時計sinnのイメージはスマートだけど無骨。
「頑丈な腕時計とはこういうモノなのだよ」的な思想を感じます。やはりタイガ
ー戦車を作ってた国は違うな…。
「sinnは航空機の計器にルーツを持ち、1960年代にドイツ空軍のクロノグラ
フとして正式採用されて以来、質実剛健な腕時計としてその道のプロフェッショ
ナルに愛されているのです…」と時計業界に明るい編集者氏が説明してくれる。
「して、その道のプロフェッショナルとはいったいどんな?」
「パイロット、ダイバー、救急隊員に医師、そして特殊部隊隊員。」
…もうゴリゴリのプロたちですね。そんなヒトカドの人物が腕にはめる時計をぼく
なんかが嵌めてもいいのでしょうか?
織本知之/日本写真家協会会員。第16回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。
■Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 連載記事 アーカイブ一覧
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