Re:STYLING MONO #48 コンフォートな一人掛けチェアの代表作『イームズ ラウンジ チェア』

#48 イームズ ラウンジ チェア


アメリカにある4大スポーツの中でも、野球(Baseball)は「ナショナル・パス・タイム(National Pastime)」と言われるほど、その歴史も、国民への浸透度も深い。まさにアメリカを代表する文化のひとつであり、野球に関するさまざまな用語が日常的な会話の形容として使われることもしばしばである。チャールズ&レイ・イームズ夫妻はデザインを考えるにあたり「使い込まれた一塁手のミットみたいに温かく、包み込む感じにしたい」と語ったという。このイメージはヨーロッパの人々には伝わりにくいかもしれない。

しかし、野球に馴染みの深いアメリカや日本であれば、そのイメージは実に明快である。彼らがラウンジチェアとオットマンをデザインするときに掲げたこのイメージは、まさにアメリカ文化の手触りであったといえるだろう。『イームズラウンジチェア&オットマン』は、デザイン史に残る名作家具として知られる。その快適な座り心地は、コンフォートな一人掛けチェアの代表作として、いまも多くの人を魅了している。

イームズデザインの多くはハーマンミラー社が製造・販売を手がけている。特に1950年代前後のミッドセンチュリーデザインを代表するデザイナーたちとの連携で知られイームズを始めとしたモダンデザイン家具のメーカーとして世界的な知名度がある。

イームズハウスで、イームズラウンジチェア&オットマンに座るチャールズとレイ。1974年撮影。© 2013 Eames Office(eamesoffice.com)

デザイナーとしては幸せな仕事だったのかもしれない。イームズ夫妻にこの椅子のデザインが依頼されたときの制約は、最高級の素材を使うこと、最高級の座り心地を実現すること、そして費用に制約を設けない。逆に費用削減を口実にすることはできない、というものであった。レザークッションを支える木部はプライウッド(成型合板)が使用された。イームズデザインの象徴的な素材として知られているプライウッドは本来、コストと加工性の良さで利用されることが多かった。しかしこのラウンジチェア&オットマンのデザインでは、強度の確保と共に、身体を包み込むような滑らかな曲線のデザインを実現するために、1950年代において最も理に適った素材でもあったのだ。イームズ夫妻は早くからこの椅子のデザイン・アイデアを持っていたという。夫妻はプロトタイプの製作をプライウッドで行い2年の歳月をかけてデザインを完成させ、1956年に製品化が行われた。

ミッドセンチュリーの真髄ともいうべき傑作品『イームズラウンジチェア&オットマン』。
ニューヨーク近代美術館やシカゴ美術館などに収蔵されている。

ハーマンミラーとイームズ作品


 ハーマンミラー社は、D.J.デプリーと彼の義父であるハーマン・ミラーが、ミシガン州にあった家具会社(スター・ファニチャー・カンパニー)を買い取ったところからその歴史をスタートさせている。1923年のことだった。当初は伝統様式の家具を製造する会社だったが、コンテンポラリーなデザインの家具に目を向けるようになって業績を伸ばす。特に優秀なデザイナーたちの家具を作ることで製品の質とビジネスを飛躍的に向上させた。チャールズ&レイ・イームズを始め、ジョージ・ネルソン、イサムノグチなど、良好なパートナー関係を築いたデザイナーは数多く、モダンデザイン家具メーカーとしてその名を馳せている。

米ミシガン州で創業したハーマンミラー社の本社社屋
コンセプチュアルなイームズデザインを忠実に再現し続けているハーマンミラー社。

最高級の素材と最高級の座り心地を追求して製作された『イームズラウンジチェア&オットマン』は1956年に、全国放送の高視聴率番組「ホーム」で発表された。この番組は女優アーリン・フランシスが司会をしていた人気番組。放送が決まるとイームズはすぐに、椅子を紹介する短編映画をわずか5日で製作。ハーマンミラーの工場で働く社員を役者に起用し、音楽は映画「大脱走」や「荒野の7人」で有名なエルマー・バーンスタインが担当した。映像ではコミカルに製品を組み立てる様子が撮影されている。彼らは「パワーオブテン」や「ポラロイドSX-70」など数多くの映像作品を残しているが、こうした映像への傾倒からか、映画監督のビリー・ワイルダーとも親交が厚かった。大々的にTV発表された『イームズラウンジチェア&オットマン』の完成品第一号はビリー・ワイルダーに贈られ、話題性にもこと欠かないデビューであった。イームズは「細部は単なる細部ではなく、細部がものを作る」という名言を残している。その言葉を実践するかのように、製品発表後もハーマンミラー社の工場やショールームへ頻繁に足を運び、品質のチェックを行って、クッションの留めかたやボタンの材質などの微調整を行ったそうだ。細部までチェックして、生産方法やデザインの改良を常に考えていた。20世紀を代表する名作椅子は、こうして世に送り出されたわけだ。デザインからプロモーションまで卓越したセンスである。

1940年にイームズとサーリネンがデザインしたオーガニックチェアをルーツとするこの椅子は
“現代生活のストレスを忘れさせてくれる特別な空間”となるチェアを目指してデザインされた。
イームズラウンジチェア&オットマン(ウォールナット仕様)
イームズオフィスで働いていたチャールズ・クラッカによるドローイングに、イームズを信奉し、イマキュレートハートカレッジで美術を教えていたシスター・コリータによる解説のハンドレタリング
© 2013 Eames Office (eamesoffice.com) / Drawing of Exploded Lounge Chair and Ottoman, 1956
黒皮革のイームズラウンジチェア&オットマン(サントスパリサンダー仕様)
2011年12月より販売が開始されたホワイトモデル。
左:ウォールナットオイル仕上げ、中央:サントスパリサンダーオイル仕上げ、右:ナチュラルチェリー。新しくオイル仕上げのウォールナットと、オイル仕上げのサントスパリサンダーが、プライウッドシェルのオプションとして追加(2013年5月発売予定)。全部で5種類のプライウッドシェルから選択可能。レザーの選択は3色から11色に。

チャールズ&レイ イームズ夫妻


チャールズ・イームズ(1907~1978)とレイ・イームズ

 1940年にエーロ・サーリネンとの共同名義で応募したニューヨーク近代美術館主催の「オーガニック家具デザイン・コンペ」において、チャールズ&レイ・イームズ夫妻とサーリネンがデザインしたオーガニック・アームチェアは高い評価を得た。1940年代初頭、イームズ夫妻はベニアシートに熱や圧力を加えて成型する実験を繰り返しており、当時はまだ実用化には難しい技術だったが1942年になるとこの実験にある程度の目処が立ち、米海軍からの依頼を受けた副え木や担架の製作も行っている。そうした基礎技術の積み重ねで1946年、ハーマンミラーから「LCWラウンジチェア」を量産モデルとして発売。以後、イームズ夫妻の手によって名作家具が次々と世に送り出されることになる。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2013年4-16号


Re:STYLING MONOのイントロダクションはこちらをご覧下さい!

  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

関連記事一覧