コッホの細菌学、レントゲンのX線。世界をリードしたドイツ医学。近代衛生学という政治的解剖学が身体を微分し清潔というトラウマが誕生する。20世紀型新人間機械論。Sinnとバイオ権力との邂逅は。
原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。
フランクフルトのハウプトフリートホーフに建つ墓。Photo/Shutterstock(Pierre Aden)
ベルリンの墓地で休息中。風化した漆喰の天使像。Photo/Shutterstock(左:Branko Srot 中と右:Frank Middendorf)
「聖者の近くに(ad sanctos)」。ドイツではこれが、中世キリスト教以来、伝統的な埋葬スタイルだった。死んでも身近にいてもらいたい。家の近くにある教会の裏庭に、生前愛した死者を埋葬するのだ。
一九世紀初頭、この地下墓地が廃止されることになった。キーワードは「公衆衛生」である。幕引き役は、近代医学の専門知識で理論武装した衛生局。近代都市の空間プランナーであった。
まず、教会内に埋葬することの「致命的な危険」が「科学的」に告発される。「腐りきらない屍肉が伝染病の感染源」として摘発されたのだ。公衆衛生が脅かされるというわけである。
そこでベルリン衛生局は、旧都心にあった墓地を移転させた。
産業革命を機に、人口が集中し巨大化してゆく大都市では、死者を埋葬するのも、田園に囲まれた教会の裏庭に祀(まつ)るようにはゆかない。これ以上土地がないからだ。その上、土葬では周辺住民への健康被害が心配だ。そこで、死者の引っ越しとなったわけである。
この決断が下されたとき、墓地は、崇敬や信仰の対象といった宗教的出来事であることを止め、はるかに公衆衛生の問題と見なされ、医療化すべき対象と化していたのだ。
ケルンの墓地に立つ死神像と、ドイツで印刷された典型的なカトリックのアイコン。作者不明「聖母マリアの心臓」。Photo/Shutterstock(左:schillermedien 右:Renata Sedmakova)
プラハ市ユダヤ教団の埋葬信心会「神聖協会」(Chewra Kaddischa)に伝わる伝統的葬儀の式次第。
上/臨終の床では聖典を朗読し死体は白い布にくるむ。この時、家中の鏡は取り外さねばならない。死体を洗浄してから白リンネルの死装束を着せ、墓地まで葬列を組まなくてはならない。その間に、墓地では墓穴と棺桶が用意されねばならない。
中/死体は必ず担いでゆかれねばならない。ユダヤ教の古い埋葬作法では棺桶は使わず、死体は直接土中に埋葬されねばならない。(上・中共に作画は1780年頃)
下/旧プラハ墓地で有名な「高僧レーヴ」に墓参する教徒たち。(作画は1840年頃)
アルプスの北にある最も荘厳なルネッサンス式教会のひとつ、ミュンヘンの聖ミヒャエル教会の内部。16世紀後半、バイエルン公ウィリアム5世によって建てられた。Photo/Shutterstock(Mikhail Markovskiy)
消防隊やレスキュー隊が、たとえ困難な活動中であっても、CSA(化学防護服着用時)からLPA(長時間型の自給式呼吸器使用時)の数値を瞬時に読み取ることを可能にした、色分けされた回転ベゼルとダイヤルデザインが特徴のEZM7。消防の専門家である上級消防監査官の協力により開発された特殊部隊のためのミッションタイマーだ。
ドイツ消防協会マニュアルの規定に基づいた許容最長活動時間を示しており、テロ対応専門部隊救出活動の基準ともなるものだ。
テギメント加工、ドライテクノロジー、特殊オイルの使用などSinn独自のテクノロジーを満載。ヘビーデューティーな使用にとって理想的なプロフェッショナルウォッチだ。レスキュー隊の海外遠征を想定し、第二時間帯表示も備えている。
厚い手袋を装着したままでも操作しやすい回転ベゼルは、ダイバーズウォッチ同様、逆回転防止仕様。不注意でベゼルを回転させてしまっても、最長時間を超えることは決しない。
model EZM7
ケースサイズ:直径43mm×厚さ12mm/重量:90g(ベルトを除く)/ベルト幅:22mm/価格42万円+税、44万5000円+税(ブレスレット仕様)
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model EZM7.S
サンドマット仕上げのステンレススチール製時計ケースに、耐傷性の高いテギメント加工とブラックPVD加工を施している。生産終了
Sinn Official Webへ
呼吸機器を必要とする救助活動やNBC(放射能、生物化学兵器)処理活動の重要な時間がひと目で認識できることを可能にした、ダイヤルにデザインされた3 色のスケール。同様の配色を施した回転ベゼルと併せて使用することで、消火活動や救助活動のための最も重要な時間をすばやく設定し数値を読み取ることができる。
緑:Dekon Ⅱ(標準汚染除去時間) 15分
黄:PA( 圧縮空気呼吸機器の持続時間) 30分
緑/黄:CSA( 化学防護スーツの着用時間) 20分
赤:LPA( 圧縮空気呼吸機器の延長時間) 60分
ライン上の黒い円は、それぞれの最大稼働時間の3分の1と3分の2がわかるような位置に付けられている。
16〜19世紀の実験器具や家具調度品、薬品などを展示するハイデルベルク城内にあるドイツ薬事博物館。写真は古い薬局の内部の再現。Photo/Shutterstock(Shujaa_777)
ドイツの墓地は、都市空間の問題としてとらえられるや、個人の信仰といった位相ではなく、公衆衛生という、集合的統制の対象と化した。稠密する都市空間では、死者の弔(とむら)いも、すべて衛生的観点から処理されねばならなくなったのである。
だが、近代衛生学が対象としたのはなにも死者だけではなかった。生者も、公衆衛生のターゲットになったのである。
近代細菌学の祖コッホ以来、ドイツの衛生は国家事業となる。
炭疽菌、結核菌、コレラ菌の発見者であるドイツの細菌学者、ハインリヒ・ヘルマン・ロベルト・コッホ(1843〜1910年)の切手。Photo/Shutterstock(左:fmua 右:Olga Popova)
公共空間の換気、伝染病の予防接種、薬剤の普及、清潔な生活習慣の徹底。広くは、群衆が集まる劇場や駅頭などの公共空間から、狭くは、各家庭の日照や水回りなど、プライベート空間に至るまで。近代衛生学による監視の網の目が、張りめぐらされていったのである。
人びとに衛生観念を植えつける。そのため、大きくは、衛生博覧会や衛生講演会から、小さくは、父母などによる子供の躾けまで、さまざまな方法が動員された。こうした、いわゆる「バイオ権力」(ミシェル・フーコー)の網の目は緻密で、社会の隅々まで、逃すところがなかった。
それは、福祉社会のあるべき姿という以前に、まずは疾病による労働力の低下、ひいては国力の低下を防ぐ国家管理的措置でもあった。
そして、緻密な近代衛生学から誕生したのは、清潔というトラウマを背負った新人間機械論だった。
ベルリンにて、コロナ禍勤務中のヘリコプターパイロット。Photo/Shutterstock(MB Pictures)
フリッツ・ラング監督のサイレント映画「メトロポリス」の切手。写真は主人公のマリアに似せて作られたアンドロイド。Photo/Shutterstock(Mirt Alexander)
①1918年啓蒙書『図解子供の衛生』は乳児の衛生的育児法を図解入りで解説する。「細菌の感染を防ぐには」。「細菌を死滅させる」。「細菌感染を予防するには清潔さが大切である。熱湯・石鹸・ブラシで洗浄する。あるいは炭酸ナトリウムやエチルアルコールでもよい。殺菌には高温および殺菌剤も有効だ。殺菌剤は毒性をもつので注意が必要である」。
②「正しい歯の手入れ」。小児の歯の手入れは適切な道具で行う。「不適切な道具を使うと深刻な健康障がいに至る恐れがある」。図解多用は国民全員教化のためだ。
③「正しい哺乳瓶」。「哺乳瓶は完全に洗浄しやすいものでなくてはならない。容量を正確に計測するためにはグラム単位の目盛りがなくてはならないが、バツ印を付けたタイプの哺乳瓶は不適切なものだ」。「乳首は単純な構造のもので洗浄しやすいゴム製のものが理想的である」。啓蒙のために正しい方法と間違った方法を峻別してみせる。解説文も平易だ。
(①②③共 Leo Langstein: Atlas der Hygiene des Kindes, 1918)
一八九六年版『衛生ハンドブック』は、ドイツ帝国公務員必携の衛生マニュアルである。ポケットサイズなのは、つねに携帯することを想定した実践手引集だからだ。
一九世紀末、帝国すべての衛生管理官、医者、技術者、教師たちは、衛生にかんして、判断の基準をつねにこれに置くよう求められた。
項目は多岐にわたっている。空気空調、土壌、水質の概説にはじまり、個人住宅、学校、病院、隔離病棟など建築ジャンルごとに、換気、暖房、排泄物処理などの個別項目が、きめこまかく定められている。
『衛生ハンドブック』の記述は非常に細かい。万事にわたって、数字とデータを算定基準の出発点で確定したうえで、すべてがそこから演繹的に算出されていくのである。
しかし、算出されてくるのは数字だけではない。じつは、それに準拠しなくてはならない、人間の行動パターンや身体性そのものまでもが算出されてくるのである。
ここに働いているのは、すべてを一旦データ化しようとする方法論である。
なるほど、それは、<実践>をめざすマニュアルであるから当然であるとも見える。しかし、問題なのは、ここでの統語法が、一見したところ純粋に実践的で数量的な専門領域のなかに問題の核心があるばかりか、その解決法までもが必ずそこに存在しているという確信にもとづいているという点である。
おそらくはこの確信こそ、一九世紀末、都市管理のテクノクラートたちを囲繞していた、衛生社会学という言説の枠組みの核心なのかもしれない。
④ベルリンの「回転式コンテナ型ゴミ収集車」。ゴミバケツも規格化し投入口アタッチメントに接合させる。荷台が回転して自動的にゴミが投入される。(Popular Science 1927-12)
⑤「ベルリン市街に現はれた塵芥取タンク」。外蓋なしで「塵芥をふるひ落し乍ら歩いてゐる旧式な東京の荷車式とは格段の相違」。(科学画報 1930-8)
⑥ドイツ消費者連盟GEGハンブルク支部も「清潔な暮らし」に参戦する。連盟直産の洗剤「ファモス」・「ゾレックス」・漂白剤「ソーダ」が強い殺菌力で。(Volksblatt 1934-November Ende)
⑦「超音速小型洗濯機が高周波音波でもって衣服から汚れをすっかり除去する。攪拌機タイプとはサヨウナラ」。(Popular Mechanics 1953-5)
ILAベルリン航空ショー2016にて。医療用航空機としても運用されているA310MRTTのターボファンエンジン。Photo/Shutterstock(Sergey Kohl)
近代衛生学にもとづくバイオ権力。なかでも、「身体清潔の特権的要素」とされたもの。それは「水」であった。
水は、「その透明性と非混濁性」により、「身体的健康と同時に精神的健康のイメージを具現化したもの」(ジュリア・クセルゴン)と考えられていった。
Sinnの時計は、過酷な条件下で働く人びとにより、とりわけ評価されている。
ドイツの救急科専門医や、日本のドクターヘリの救命医師らも、Sinnと最先端医療との親和性を証言している。
曰く、「細部まで水洗いできる実用性の高い構造」が素晴らしい。曰く、「洗浄を想定し、超音波検査用ジェルなどの薬剤」に対する「耐久性も検証済み」である。
デザインは緊急の現場を熟慮したものだ。「シャープなエッジやコーナーを排除し」、合成樹脂や「ニトリル製手袋を引き裂かないよう」に配慮されている。
そして、「血液の付着した時計を洗うたびに」、ベルトと回転ベゼルが簡単に外せ「細部まで水洗いできる」。
水と衛生とSinnと。その高度な機構と、臨機応変な実用性には、ドイツ近代衛生学がたどった試行錯誤のすべての道程が、深く痕跡を残している。
ドイツ消費者連盟GEG直産の洗剤「ファモス」・「ゾレックス」・漂白剤「ソーダ」の販促用人形ラインアップ。製品化された清潔という神話。(Volksblatt 1933-März Mitte)
上/ILAベルリン航空ショー2018にて。多数の負傷者の応急処置と移送を行うドイツ空軍のA310MRTTの内部。Photo/Shutterstock(Sergey Kohl) 下/レマーゲンにて。レスキューヘリコプターが青い空を飛ぶ。Photo/Shutterstock(Alice-D)
1906年にドイツで出版されたマイヤーズレキシコンブックス・コレクションより、消防機械と救助活動を描いたビンテージ図面。Photo/Shutterstock(Nicku)
ぼくの撮影のなかで大きなウエイトを占めるもののひとつにインタビュー撮影の仕事があります。著名人、経営者、いろいろな分野で活躍する人々と幅広いジャンルでの撮影ですが、皆さん忙しいなか取材に撮影に応じてくれているのです。
ですから、必要なカットを手早く、計画的に撮影を進めてゆかねばなりません。たとえば冒頭の10分で語っている最中のカット、インタビューアーと打ち解け笑顔が出て来たところで身振り手振りを交えたカット。持ち時間最後の15分でメインカット。それぞれライティングの調整やレンズの交換のロスも考慮しなくてはなりません。
そんな撮影中にポケットからスマホを取り出して時間をチェックする動作は無粋であります。ケース径40ミリのmodel756はパイロットがコクピットで瞬時に時を知るために3.6.9.12のインデックスを強調し文字盤の視認性を確保したデザイン。
チラっと左手に視線を送ってみれば、そろそろストロボの光量を上げる時間がやってきたようです。
織本知之/日本写真家協会会員。第16 回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。
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