まさかここまで長引くとは思ってもいなかった巣籠もり生活。リモートワークのおかげで自分の時間が増えたのはいいが、その分、何かをしたい、何かに没頭したい症候群に陥っている人も少なくないだろう。そこで、新しい大人の趣味にオススメしたいのが包丁研ぎだ。ちょっとした精神集中の時間にもなるし、抜群に切れ味がよくなった包丁を使って手料理を振る舞えば仕込みの時間も楽しい。何より家族からの株があがること間違いなしだ。というわけで、今回は研師歴60年以上の刃物研ぎの伝道師である「森平」代表の小黒章光さんに、奥深き研ぎの世界の話をうかがってきました。
東京・浅草橋にある「森平」は1933年創業の刃物・砥石・研ぎの専門店。4代目店主を務める小黒さんは日本の天然砥石の鑑定や刃物手研ぎ指導などを行う界隈のレジェンドだ。
「最近ではご家庭で研ぎをやられる方が増えています。砥石のご購入や問い合わせも多いですね」と小黒さん。やはり、研ぎは格好のニューノーマルな趣味と言えそうだ。「ちょうど、よく研げる人造砥石があるのですよ」と見せてくれたのが、小黒さんが5年の歳月を費やして完成させた森平オリジナルの人造砥石だ。実はこの人造砥石を開発する背景にはシリアスな天然砥石事情もあったのだという。
「以前はイベントなどで天然砥石による研ぎの実演をしたら、結構な数の砥石が売れました。ただ、その一方でずっと心配事がありまして……。天然砥石は採掘がむずかしく、環境問題もあり、さらには家業を継ぐ人もいない。その上、山にある天然砥石も枯渇してきている状況で、残っている天然砥石も昔と違って質の良いものが採れなくなってきているのです。昔から人造砥石もありますが、研ぐ前に水に沈めておく必要がある砥石が多く、事前準備が必要で手間がかかります。
水がなければうまく研げませんからね。また、砥石に含まれる研磨剤の粒子が尖っているので、削れるけれども包丁の刃先に傷が残ってしまうといった、実用上の問題があったのです」
そんな砥石の現状を打破しようと立ち上がったのが小黒さんだった。創業以来、87年にわたって信頼関係を築き上げてきた職人たちの協力を得て2019年に渾身作のオリジナル人造砥石が完成した。さっそく懇意にしている板前や研ぎ屋に配って使ってもらうと、人造だから質も安定していて研ぎのスピード感もいいねと大反響。
「たくさんの人にいろんな使い方をしてもらいたいと、500番から12000番まで目の粗さが異なる6アイテムを作りました。一般家庭で使うなら1000番で十分に仕上げることができますが、より滑らかにしたいなら1000番で研いだ後に4000番で仕上げるのがオススメ。結構、研ぎにハマる方も少なくなくて、意外に2本買っていく人も多いのですよ。世の中に出回っている砥石にはいくら研いでもイマイチなものもあるのですが、そういう思いをするのはイヤですよね。よく水を保つことで研ぎやすく、心地よい研ぎ音も良いんですよね。もちろん、研ぎ上げた刃物の仕上がりが良いことが重要です。」
仕事を超えて自身は大の砥石好きであるという小黒さん。長年培った研師としての技術はもちろんのこと、砥石に関する深い造詣から遺跡から出土した砥石の鑑定を依頼された事もあります。
「というのも、昔の旧い遺跡から砥石が発掘されることが多いのです。私は歴史学者や考古学者ではないから詳しい砥石の発祥とかはわからないけれど、農耕がはじまった弥生時代だって道具の刃を研ぐ必要があっただろうし」
そう考えれば人類は砥石とともに歩んできたとも言える。どうやら、砥石の世界は思いのほか奥が深そうだ。 = #2へ続く =
小黒章光さん
1933年(昭和8年)創業の「森平」の4代目。砥石への深い造詣と長年培った研ぎの技術でイベントでの実演販売、料理人をはじめプロ向けの講習会など、精力的に研ぎ技術の伝承を行っている。
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森平
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