日本の砥石の老舗「森平」物語
東京・浅草橋にある刃物・砥石・砥ぎの専門店「森平」の創業は1933年(昭和8年)。当初は現在のような刃物専門店ではなく、職人たちに求められるものを何でも取り扱う金物屋としてスタートした。東京の下町という地域柄、鍛冶屋や刃物職人が多かったことから、やがて刃物に注力するようになっていく。当時の鍛冶屋はモノは作るが研ぎまではやらなかったため、鍛冶屋が作ったものを研ぎ屋に持っていくというような、職人と職人の間を取り持ち、商品を完成させるディレクター的な作業も「森平」の仕事だった。
「各ジャンルの職人があちこちに点在していたので、彼らを結んでいかないと商品にはならなかったのですよ。当時は職方回りといって、よく職人の仕事場を回っていました」と振り返るのは「森平」4代目の小黒章光さんだ。
職方回りを続けていくうちに、研ぎ屋のオヤジさんから「おい、お前も研いでみるか」と声をかけられ、ときどき研ぎの手伝いをしていたのが、自身の研師としてのキャリアの初まりだった。
「問屋であって職人の仲間。そんな仕事を続けてきました。腕のいい職人が作ったモノはいい研ぎ屋に仕上げてもらいたいですからね。ただ、そのうちに研ぎ屋もどんどん減ってしまい、最終的には自分で研いで仕上げるようになったのです。包丁の切れ味と見付けをよくするために、今でもウチで研ぎをやって仕上げています。子どもの頃のお手伝いや住み込みの丁稚奉公の時からやっているので、研ぎ歴は60年を超えていますね」
長年培った研ぎの技術が評判となり、小黒さんが仕上げた包丁を指名買いされることも少なくなかったという。
「研ぎには2つの大事な要素があるのです。1つめは検品の機能。一般に包丁を買う場合、出来上がったものが箱に入れられた状態で売られていますよね。だから、その包丁がどの程度の切れ味や使い勝手を持っているのかわかりません。そこで、チェック機関ではないですが、一回研いでみると刃先の鋭さとかすぐにその刃物がどの程度のモノなのかがわかるのです。昔、鍛冶屋が作ったものに対して研ぎ屋が品質が良くないと言い出して、鍛冶屋と研ぎ屋で口論になったことがありました。結局、私が間に入ってゆっくり話し合うことで無事、和解したのですが、そんなこともあり、”森平”さんの言うことならということで品質に対する信頼も得ました」
職人の間を取り持っていくうちに人によって砥石の好みがあることもわかった。
「あるとき、(創業者の)父がその辺にいろんな砥石を置いておけば職人がウチに寄ったときに使うのではないかと言ったんですよ。それで、実際にお試し用の砥石を店頭に並べておいたら、研ぎ職人それぞれの好みもわかってきて、いろいろ研究していくうちに、この職人が作った刃物はあの研ぎ職人がこの砥石で研いだらいいモノができるとか、組み合わせ方で最高の結果が出せることに気づいたのです。そこら辺からですかね、私自身が砥石にのめり込んだのは」
なんだか、かつてのアンプとスピーカー、今ならコーヒー豆とドリッパーの関係にも通ずるところがあるような気もするが、そんなカスタマイズ性が研ぎの2つめの大切な要素だという。
「研いだ包丁が自分の想い以上に光り輝いた時の喜びが一番。機能性の点で考えると包丁は切れればいいわけですが、見栄えが良いに越したことはありません。それにきれいに研いだ包丁は切れ味も長持ちします。切った食材に美しい艶が出たり、切れ味やスピード感がいいと使い手も気分がいいですからね」 = #3へ続く =
小黒章光さん
1933年(昭和8年)創業の「森平」の4代目。砥石への深い造詣と長年培った研ぎの技術でイベントでの実演販売、料理人をはじめプロ向けの講習会など、精力的に研ぎ技術の伝承を行っている。
SHOP DATA
森平
東京都台東区浅草橋1-28-6 Tel/03-3862-0506 営/9:30ー17:00 ※2/8迄営業時間を短縮しています。 土日祝定休 morihei.co.jp