#50 シェーファー
文字を書く動物は人間だけだ。文字によるコミュニケーションの発達は、同時に“筆記具”という道具の文化も発達させてきた。鉛筆が簡易な構造の筆記具の代表とするならば、万年筆はその対極にあるものだ。近年はパソコンの普及によって、文章を書く道具はキーボードが主流になっているが、それでもやはり大切な手紙のサインや宛名書きに、あえて万年筆を使うという風潮も残っている。毛細管現象を応用した万年筆の構造は19世紀後半に考案されている。羽ペンにインクという時代に、それを何とか持ち運びできる筆記具にしようという努力はヨーロッパ、特にイギリスで盛んに行われていた。20世紀は戦争と国際政治の時代。その国際政治のハイライトともいえる条約締結の際に行われる調印式で、万年筆によるサインが行われてきたのである。アメリカで誕生した『シェーファー』も、そんな時代の証言者となった万年筆ブランド。ヨーロッパ産の万年筆とは異なるスマートな佇まいに、魅力を感じる人も多いのではないか。
万年筆はブランドによってさまざまなデザイン・アイデンティティを持っている。パッと見ただけでそのブランドを認識できることは、使用者にとっても大切なアイコンといえるだろう。『シェーファー』のアイコンは“ホワイトドット”。クリップ上部に施された、ひと目でそれと判る白いドットマークのことだ。このマークは1924年に、創業者ウォルター・A・シェーファーが、品質合格の印として付け始めたもの。それはブランドへのプライド、品質への自信、信頼、責任感などが込められたマークであり、創業以来、大切に守られてきたデザインなのである。左ページの万年筆は1959年に開発された“インレイニブ”を採用したモデル「シェーファーVLR」。この象徴的なデザインは、当時の人気モデル「PFM/ペンフォーメン」で採用されたひし形のニブ(ペン先)が特徴的である。同社を代表するデザインだ。そしてキャップの上部にはホワイトドット。シェーファーらしい佇まいである。
アイオワの小さな万年筆店が世界に知られるメーカーに
アイオワ州はアメリカのハートランド、と呼ばれる。中西部という位置関係から「ハートランド(中心地)」とされているが、多くの開拓者によって発展した歴史を作り上げた、アメリカらしい州であることもその呼称には含まれているようだ。20世紀初頭、アイオワ州のフォートマディソンで宝石商を経営していたシェーファー親子は、当時主流だった自動吸入式万年筆の使い辛さを嘆き、改良を決意した。そして1907年に革新的なレバー充填式万年筆を開発し、二度にわたって特許を取得した。息子のウォルター・A・シェーファーは家業を受け継いで1913年に「W.A.シェーファー・ペン・カンパニー」を設立。これが世界に冠たる万年筆ブランド『シェーファー』の創業である。
以降、構造上の故障を永久保証した「ライフタイムペン」(1920年)の発売、同時期に胴軸に業界初のプラスチックの採用も行った。当時の万年筆メーカーはインクも同時に製造していたが、シェーファーもその例に漏れないブランドで、1922年に「スクリップインク」という滑らかなインクを開発。1924年頃から、現在も続くアイコン“ホワイトドット”が、製品に採用されるようになっている。大恐慌や2つの世界大戦という激動の時代でも積極的な製品開発を怠らず、数多くのヒットモデルや新しい万年筆の構造を次々と開発し、戦後となった1952年には「スノーケル吸入方式」を生み出した。1959年には名品「ペンフォーメン」を発売。ペン先と首軸が一体となったインレイニブは大きな反響を呼んだ。70年代に入るとベストセラーモデルの「タルガ」、90年代には「レガシー」や「プレリュード」など、次々とハイエンドな万年筆を発表した。近年ではフラッグシップモデル「VLR」(2006年)の発売が大きな話題に。アメリカのハートランドから生まれたブランドは“アメリカが歩んできた多くの歴史の記録係”にふさわしい位置付けである。
SHEAFFER「VLR」
シェーファーを代表するフラッグシップモデルのVLR。流れるような、Vをモチーフにした印象的なクリップのデザインとインレイニブ。ドイツのデザインとイタリアの職人技が生み出した、ラグジュアリーな一本である。
パラディウムトリム万年筆14K/ゴールドトリム万年筆14K
初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年10月16日号
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