“余白”があるからこそ人は考え、想像をめぐらせ、新しいなにかを生み出すことができる。そんな余白の大切さを体感できるのが、旧ソニービルの跡地を活用して展開されている「Ginza Sony Park」だ。ソニー創業者のひとりである盛田昭夫が示した”銀座の庭”「街に開かれた施設」のコンセプトを進化させた”公園”「余白」を具現化した空間に仕上がっている。9月30日のフィナーレを迎える前にぜひ、訪れてほしいが、まずはソニービルの歴史を駆け足で振り返ってみたい。
1959年、西銀座(数寄屋橋)の一角に持った小さなショールームがソニービルのはじまり。その2年前の’57年にはすでにこの地にネオンサインを掲げていた。当時はまだ中小企業のひとつに過ぎなかったソニーだが、日本で一番高価な土地である銀座にショールームをつくったことが後に”世界のソニー”へと飛躍する第一歩となる。その後、’66年にソニービルを開業させるが、ビルの設計は東京オリンピック駒沢公園を手がけた建築家・芦原義信が担当。当時の日本ではほとんど見ることのなかったアメリカのマーチャンダイズ・マートをイメージした”ビル全体がショールーム”というコンセプトで進められた。
コンセプトを実現するには、訪問客が興味を持って館内を見て回れる構造でなければと考えた盛田は、ニューヨークのグッゲンハイム美術館にヒントを得て、絵を見ながら歩いていくと自然に下まで来てしまう渦巻き状の通路に注目。706㎡という限られた立地でこの効果を出すために、芦原が考案したのが「花びら構造」だった。ひとつのフロアを”田の字”のカタチに4分割し、真ん中の柱を中心に4つのセクションを少しずつ段違いにレイアウトすることで、ひと回りでちょうど1フロア分下がるというもの。この独自性の高い「花びら構造」により上から下まで連続して区切りなしに見て回れる縦型の”遊歩道”をビル全体を使って実現した。
現在、その跡地を生かして地上1階と地下4階で構成される「Ginza Sony Park」にはソニービル時代の佇まいが色濃く残っている。「Park」内の各階を繋ぐ螺旋階段をはじめ、空間の壁面、天井も部分的にあえてコンクリートむき出しのままにした往年のソニービルの姿を残存。当時の面影を伝えている。
地下3階部は隣接する西銀座駐車場に直結しているが、これもビルの創業当時からの構造だった。クルマから降り、地上に出ることなくそのまま地下4階に降り大人の社交場までスムーズにアクセスできたが、この実に合理的な都市機能を当時から融合させていたところにも盛田の先進性がうかがえる。
銀座駅の地下鉄コンコースと直結した地下2階部には旧ソニービル時代の壁面がそのま残されており、その周囲にさりげなくベンチが置かれていたりと、”公園”の思想が反映されている。行き交う人々の憩いの場として、ビジネスマンの簡易的な作業場などとして活用されているが、考えてみれば銀座の街には座れるパブリックスペースが数少ないのだ。
現在、「Sony Park展」が行われている「Ginza Sony Park」の地下1階部でぜひ、見てほしいのが壁面上部に突如出現したピンクの装飾壁。これは、ソニービルの解体時に出てきたかつて使われていた壁面装飾だったという。
通路の一角、かつてエレベーターがあった場所にはひっそりとガラス窓がレイアウトされているが、中を覗き込んでみるとソニービルの外観の象徴でもあった「SONY」のネオンの姿が。こんな手の込んだギミックもソニーらしい。そしてなによりも重要なのは空間すべてに壁やドアなど一切の仕切りがないのだ。外からでも地下通路や地下駐車場からでも自由に出入りができる風通しのよさに加え、いずれのフロアも空間を贅沢に使った”余白”が創出されている。
取材冒頭で「Bar Morita」のバーテンダー・栗岩さんに「きょうはどんな感じのドリンクにされますか?」と問われ、正直なところ答えに窮してしまったが、世の中が便利になり、情報がいとも簡単に手に入るようになった反面、私たちは無意識のうちに誰かがあらかじめ用意した選択肢の中からしかモノゴトを選ばなくなってしまったような気もする。なにもないからこそ人は考え、偶発的な出逢いに触発され、ときには人と語らい新しいなにかを生み出していく。その点でいま、あらためて感じなければならないのが、盛田昭夫の”銀座の庭”を進化継承する「Ginza Sony Park」が提示してくれた”余白”の大切さなのかもしれない。ここはそのことを身をもって空間体験できる開かれた場所なのだ。「Ginza Sony Park」のフィナーレは9月30日。だが、残された時間は存外にまだたくさんある。
Ginza Sony Park
東京都中央区銀座5-3-1
開園時間.11:00-19:00(通常は10:00-20:00、状況により適宜見直す可能性あり)
※9月30日まで開園。地上部は5:30-20:00の間、自由に回遊可能(花びら構造の残る最上部は11:00〜)、パーク内の店舗営業時間はそれぞれ異なる。