#1 RED WING
郵便配達夫は二度も三度もベルを鳴らしたに違いない。彼らが持つバッグは、厚いレザーで頑丈に作られており、大量の郵便物を詰め込むと大変な重量になったから、重い郵便バッグを抱えて配達先に何度も足を運ぶことより、何度もベルを鳴らすほうがすべてに優先したはずだ。ただ、問題はその重量のすべてを受け止める靴の疲弊が激しすぎて長持ちする一足になかなか出会えなかったこと。
1954年、アメリカで一足の靴が開発された。その靴は「サービスシューズ」または「ユニフォームシューズ」とも呼ばれ完成度の高いラストと普遍的なデザインを持っていた。
その靴の名は『ポストマン』。全米の郵便配達夫たちに向けて発売され、同時に、実際に働くポストマンたちの要求に応えながらソールやアッパーの仕様を変更していき、1960年に接ぎ無し一枚革の防水性の高いアッパーと、履き心地のいいクッション・クレープソールを組み合わせたデザインへと進化した。毎日重い郵便物を抱えて労働する郵便配達夫にとって、それはレッド・ウィング社からの、何よりの朗報だったはずだ。
『レッド・ウィング』社、誕生の歴史。
あのフォードの自動車産業が産声を上げ、石油や電力による第二次産業革命が起きてアメリカが世界一の工業力を持った20世紀初頭、産業の基盤を支えた労働者たちの足元を守る頑丈な靴を作るブランドとして『レッド・ウィング』社は誕生した。
ネイティヴアメリカンの酋長の名を持つ、中西部の町の名前をそのままブランド名として。
50年経っても変わらぬ機能、変わらぬデザインの価値観こそが、名品たる理由。
1954年に基本モデルが登場し、その後いくつかの仕様変更を経て「ポストマン・シューズ」が完成されたスタイルとなったのは1960年。
電子メールなどまだ無かった時代、USメールは全米中のポストマン(郵便配達夫)たちによって配達されていた。安全性と確実性とプライバシー保護の上に成り立つ郵便事業は近代国家の証明であり、国家公務員として大量の就労人口だった最前線のポストマンたちはその象徴でもあった。
重い郵便バッグを抱えて移動する彼らの足元にかかる物理的な負担を軽減する靴の開発は、シューズメーカーにとって一大事業だったのである。
この『POSTMAN』というシューズの価値は、そうした国家的な規模の要求に応えた機能性にある。同時に、シンプルかつ合理的でありながら、どこかトラッドなスタイリングを有したデザインは、まさにミッドセンチュリーモダン・デザインの隆盛を見たこの時代の価値観を体現しているのである。
レッド・ウィング・シューズの魅力は、こうした事実の中からも見出さなければならない。
レッド・ウィングのブランド・フィロソフィーにこそ名作誕生の秘密がある!
1905年、日産110足あまりの小さな工場からスタートした『レッド・ウィング』社は、グッドイヤーウェルト製法を導入した、頑丈で履き心地のいい農場用のブーツで一躍その名を広めた。やがてその丈夫さは工業の現場でも重宝されるようになり、近代化と工業化の20世紀の歴史を支えることになった労働者たちに信頼されていった。
「ワークブーツ」の概念はこのブランドによって醸成されていった、といっても過言ではない。とはいえ、同社は愚直に職人的な頑丈さだけを追い求めていたわけではない。たとえばポストマンに代表される“サービスシューズ”や戦時中の軍用ブーツなど公的なシューズの開発には、高いレギュレーションをクリアする機能性と、それらを大量に効率よく生み出す生産性が要求される。
もちろんそこにはプロダクトとしての高いデザイン性がなければならない。先端の生産技術である“ハイテック”さと、確実で信頼の置けるモノ作りを実現した職人性である“ハイタッチ”を同時に考えられる柔軟性があったからこそ、世界に冠たるワークブーツが生み出されたのである。その合理的なスタンスこそが、メイド・インUSAの真骨頂でもある。
靴箱の中にレッド・ウィングがある喜びと安心感があるから、また欲しくなる
レッド・ウィングは不思議なブーツである。アイリッシュ・セッターにしろエンジニアやペコス・ブーツにしろ、とりあえず自分のワードローブの中に「一足のレッド・ウィング」という選択肢があるだけで、とりあえずの安心感を与えてくれるからだ。
同時にわれわれが生きているこの時代のファッションの価値観の中で、丈夫で力強いレッド・ウィングのワークブーツのデザインは、リアルな存在感で語りかけてくる。本物のワーカーに向けて作られているからこその存在感であり、道具としての価値観は流行とは無縁の存在なのである。最初に手に入れたレッド・ウィングに足を通したときの高揚感を男たちが忘れられないのは、そうしたリアルな存在証明を自分のものにできた充実感が忘れられないからなのだと思う。
クルマや時計は大人になれば手に入れられるが、レッド・ウィングは“男”にならなければ手に入れられないブーツ。そんな無意識のハードルを自分自身が課すような道具はそうそうあるものではない。だからこそ、一度手に入れたレッド・ウィングを、どう履き込んでいくのかが問われることになる。そして自分が育てた一足に自信が持てたときが来たら、一生付き合っていくことになるだろう。それがレッド・ウィングのスタイリングだ。足もとをこのブーツで固めておける安心感は、所有した者にしか分からない喜びなのである。
スタイル#9196 ポストマン・チャッカ1958年にポストマン・シリーズのバリエーションとしてラインナップされたチャッカ・ブーツ。
スタイル#877 クラシック・ワークレッド・ウィング社の中の累計販売実績No.1ベストセラーブーツとして名高い名品。
スタイル#2906 6”ラインマン20世紀初頭のアメリカのインフラ事業の中でラインマン(電線工)は最も危険な仕事だった。
ホールド性の高い作りが安全性を高めたという。
スタイル#8878クラシック・ワーク
名品アイリッシュ・セッターをルーツとするアメリカを代表するワークブーツ。
初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2011年1月2日/16日合併号
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