Re:STYLING MONO #52 圧倒的な存在感とサウンドを放つスピーカー最高峰ブランド、ジェームス・バロー・ランシングこと“JBL”

#52 JBL


アルコールと紫煙が充満する暗い室内で、圧倒的な音量のジャズが炸裂する。60~70年代のジャズBARは、大人の空間だった。誰も大声で話すことなく静かに音楽に聴き入る。それはジャズという高度な音楽への尊敬であり、同時にその臨場感を余すことなく伝えるひとつのスピーカーに対する、畏れのような感情も確かにあったのだと思う。だから当時のジャズファンたちはJBLを我がものにしようと躍起になった。

やがてその静かな熱狂は、ジャズファンだけに止まらず、オーディオファン全体に広まっていった。かつてこれほど一つのスピーカーブランドが愛された時代はなかったはずだ。JBLを所有することは、クールな音楽的ステイタスを手に入れることでもあった。「スピーカーは何を使っています?」「4311です」あえてJBLを省略するその気取ったもの言いこそ、オーディオが最も優雅な趣味であることの証左に他ならない。

JBLのルーツとなるラウドスピーカー製造メーカーである「ランシング・マニュファクチュアリング・カンパニー」がスタートしたのは1927年のこと。このとき、創業者のランシングは自らの名前をジェームス・バロー・ランシングに変更したという。

名機「パラゴン」が生まれたのは1957年。1948年に登場したLPレコードは当初モノラルであったが、このパラゴンが生まれた’57年当時はモノラル録音のレコードがステレオに変わる過渡期だった。パラゴンの構造は、ユニークな家具的シルエットの中に2台のスピーカーを配し、中央部が前面に向かって湾曲し、中高音を鳴らすホーンが前面に向け放射されることで、指向性をコントロールするという画期的なシステムである。これだと、室内における試聴位置が、スピーカーの軸上から多少ずれても、ステレオの音像を正確に再生できる、という利点もある。同時に、モノラルレコードを鳴らしたときに、ステレオ的な音響効果を持たせることもできた。つまり、その時代の音楽を聴く環境を考え抜いて製作されたスピーカーだった。ステレオ時代の幕開けを飾ったこの「パラゴン」は、当時のハイファイ愛好者に大人気になったという。


家具としての存在感もあるパラゴン。その誕生期はデザイン史におけるミッドセンチュリーモダンの時代。湾曲した木部にはイームズ夫妻が形にした成型合板技術が生かされている。

パラゴンが製造されていたのは1983年くらいまで。音響プロダクトというよりは、大型楽器工房で製造される特注の楽器、というのが正しいかもしれない。なかなか鳴らすのが難しいスピーカーだが、その音色は絶品。中古市場やオークションなどでたまに出品されているのを見かける。

自分だけのJBLを手に入れる喜びは、大人としての誇りでもある


 狂騒の20年代、アメリカでは“ジャズ・エイジ”と呼ばれた時代だ。現在まで続くアメリカの大量消費時代、マスメディア時代の幕開けでもあり、第一次世界大戦終結後のヨーロッパへの輸出経済による、空前の好景気に支えられていた時代でもある。ニューヨークには高層ビルが建ち、トーマス・エジソンが発明した電気は暗い夜の街を明るく染め上げ、ダンスミュージックとしてのジャズが演奏され、その演奏を録音した音楽が初めてラジオから流れた。

 世に名高いスピーカーブランド『JBL』の創始者ジェームス・バロー・ランシングは1902年に生まれ、この20年代にはソルトレイクシティのラジオ放送局で技師として働いていた。その頃、彼はすでに初期のラジオ放送における音質の悪さを何とか改善しようと考えていたらしい。1927年にはJBLのルーツとなる「ランシング・マニュファクチュアリング・カンパニー」を興し、スピーカー・ユニットの製造を始めたが、創業間もない1929年に大恐慌となり、困難な経営状態に陥る。ただ、この時代は映画産業における革命的な出来事、トーキーが始まった時代でもあった。何本かのミュージカル映画が大ヒットし、その成功は人々の関心を映画の“音質”へと向けさせた。もちろん、映画の内容が重要なことはいうまでもないが、その判断基準の中に“音”が加わったことは、ランシングの会社にとっては追い風であったに違いない。事実、MGMスタジオの劇場用音響装置の製作にランシングが招かれ、1934年に「MGMシャラーホーン・システム」を製作。その年の映画芸術科学アカデミー賞の受賞という名誉を手にしたのである。このシステムは映画音響技術の世界では大きな技術革新として記録に残されている。

 1930年代後半から40年代初頭にかけて、ランシングの会社は再び経営難に陥り、今度はアルテック社に吸収合併される。そして劇場用システムとして名高いA-4型システムを開発。’60~70年代の日本でJBLと人気を二分したスピーカーブランド「アルテック・ランシング」はこうして誕生した。日本ではモニタースピーカーの「A604」で知られている。1946年になるとランシングはアルテック・ランシング社を離れ、二度目の独立を果たす。ただ「アルテック・ランシング」のネームバリューは非常に高くなっており、紆余曲折を経て頭文字のJ・B・Lがランシングの新しい会社の社名(1954年から)になった。しかし創業者のランシングは1949年、自らの命を絶って他界する。

 後を継いだ共同経営者のウィリアム・トーマスは、一般家庭の室内で美しく存在する高音質のスピーカー製造を開始し、1952年に名品「ハーツフィールド」を発表。雑誌ライフで「モノラル時代の最高傑作」と謳われるほどの評価を得た。1955年のカタログでは初めて「JBL!」と、感嘆符がイニシャルに付けられるようになる。1957年には金字塔「パラゴン」を発表。時はステレオLPレコードの時代。モニタースピーカーへの期待が高まりキャピタルレコードと共に研究開発を進め、ついに今日のすべてのオーディオファンを魅了した「JBL43シリーズ」が誕生する。4320、4343と続いたこのシリーズは、日本も含めた世界のオーディオの伝説になった。以降、1985年に「エベレストDD55000」、1989年には「プロジェクトK2 S9500」、2006年には「プロジェクトK2 S66000」などを発表。王者と呼ぶにふさわしい、ブランドであり続けている。

ホワイトハウスにパラゴンが採用された話は有名だが、主な一流どころのスタジオモニター、ヤンキースタジアムやドジャースタジアム、アカデミー賞の授賞式会場であるハリウッドのコダックシアターなど、JBLはあらゆる音響施設で採用されている。オバマ大統領就任式のモニターもJBL製だった。

[語り継がれる名機]


PROJECT EVEREST [プロジェクト エベレスト]

チーフエンジニアのグレッグ・ティンバース、プロダクトデザイナーのダニエル・アッシュクラフトら、JBLチームともいうべき優秀な技術者たちが終結して1985年に「DD55000」を発表。そして2006年に最高峰の「DD66000」を創立60周年の記念モデルとして発表した。現代版のハーツフィールド、パラゴンの完成を目指して製作されたその圧倒的な存在感とサウンドは、最高峰と呼ぶにふさわしい。

HARTSFIELD [ハーツフィールド]

まだ、無骨なだけのスタイリングがほとんどだったスピーカーの世界に、初めて工業デザインのセンスを投入して、一般家庭のリビングに美しく佇む製品として1952年に登場。当時、工業デザイナーとして高名だったロバート・ハーツフィールドがチーフデザイナーとして製品デザインを担当。アメリカではこの「ハーツフィールド」を嚆矢として、プロ用の最高級ユニットが家庭の中に持ち込まれ始めた。

PARAGON [パラゴン]

1957年に登場した名品。デザイナーはアーノルド・ウルフで、彼はこの「パラゴン」の大ヒットによって後に、ウィリアム・トーマスに続くJBLの3代目社長の座に就任することになる。「パラゴン」は音響工学的にも非常にユニークな構造をしており、家具とオーディオの融合を果たした初めての製品であったともいえる。モノラルレコード時代とステレオLPレコード時代を繋ぐ、歴史的な傑作品である。

PROJECT K2 プロジェクトK2


エベレストと共に、現代版のハーツフィールド、パラゴンに匹敵する最高峰を目指して開発がスタート。1989年にはダグ・バトンを招聘して「プロジェクトK2 S9500」を完成。1991年には「プロジェクトK2 S7500」、’92年に「プロジェクトK2 S5500」、2001年に終着技術と評される「プロジェクトK2 S9800」を完成させた。プロ用の最高クラスの技術を一般家庭で味わえる贅沢なスピーカー。

JBL製品ラインナップ


プロジェクト・エベレスト「JBL DD67000」/同社の名機「ハーツフィールド」や「パラゴン」のフォルムをモチーフとして、大胆に曲線を取り入れたデザインが特徴。カラーバリエーションとしてローズウッド、チェリー、エボニー、メイプルがある。価格315万円(1本)

プロジェクトK2「S9900」/エベレスト・シリーズと比肩する同社のフラッグシップ・モデル。JBL初の高純度マグネシウムダイアフラムを採用。そのサウンドと存在感は、新世代のJBLにふさわしい。マホガニー仕上げと、ゼブラウッド仕上げが用意されている。価格194万2500円(1本)

4365スタジオモニター/JBLにおける永遠のスタンダードとは43シリーズであり、同時に15インチウーファー+コンプレッション・ドライバーというシステム構成を指す。時代に則した新素材の採用にも積極的。あらゆる音楽をJBLの音で再生する。価格84万円(1本)


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2013年6月16日号


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#21〜#30まで

●#30 照明器具の存在感を愛でたいならば「アングルポイズ」を選ぶべき

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●#28 世界の誰もが認めるピアノの最高峰「スタインウェイ」

●#27 スタンダードなデザインながら当時のディテールと現代のトレンドを持つ「ファイブブラザー」

●#26 足首を保護する斬新なデザインで歴史に残る傑作シューズとなった「コンバース」のキャンバス オールスター

●#25 イタリア家具の歴史を変えた 「アルフレックス」

●#24 最高級英国綿製品の文化は 「ジョン スメドレー」の歴史

●#23 「オールデン」が生み出した、美しく艶やかな名靴たち

●#22 250年を過ぎた今でも進化し続けるビール「ギネス」

●#21 圧倒的なクリエイティビティで憧れのスタイルを表現し続けている「トイズマッコイ」

#11〜#20まで

●#20 最も理想的なハイキング・ブーツと評され一躍注目を集めた名品「ダナー・ブーツ」

●#19 戦後の日本で「天童木工」が生み出した、美しく洗練された名作椅子

●#18 筆記具の世界的な名門ブランド「カランダッシュ」

●#17 アメカジ不朽の定番ウェア「チャンピオン」

●#16 “鉄馬”と呼ばれたバイク、ハーレーダビッドソン

●#15 ビクトリノックスが生み出した世界一コンパクトな道具箱

●#14 世界最高品質と評されるワークブーツ「ウェスコ」

●#13 歴史的な衣料品としての道を歩み始めたアロハシャツ

●#12 都会的で洗練された味覚のバーボンウィスキーI.W.ハーパー

●#11 ボルサリーノは単なる帽子ブランドではなく、イタリアの文化と認識せよ。

#0〜#10まで

● #10 オーディオのダイナミズムと洗練された次世代のデザインを融合させたオーラデザイン

●#9 サングラスの歴史そのものと言える稀有なブランド「レイバン」

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●#2 100年を超えて途切れ目もなく続いてきたフィルソンの森の仕事着と男たち。

●#1 シューズボックスから始まる一日。名品POSTMANのスタイリングに迫る。

●#0 Re:STYLING MONO始動!

  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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