Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第10回

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.8

秩序と混沌を往還し境界線を溶解するトリックスター。笑いと機知を駆使し、規範や権威に逸脱をつきつけることで高次な秩序を生みだす両義的アイコン。頑固者の技術は笑いこそ駆使しないが、常識を逸脱した新規性で新地平を開拓する。それは誠実なトリックスターといえる。

 

原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。


「クルップ見習い実習工場」はドイツ重工業の屋台骨クルップ鉄鋼業会社の育成システム。「マグデブルク見習い実習工場の実習生」。1927~1931年度の鋳型製作者と鋳型工・陶工実習生。(Nach der Schicht 1931-6)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「総合化学メーカーBASFのマイスター達」。創業1865年の老舗は多数の職匠の技量・経験によって支えられてきた。現場工場には「マイスター部屋」が常設され若手の指導に当たった。ガラス張りの部屋は工場全体監督のため。爾来、ドイツ固有の労使関係の複雑さの遠因とも評された。(BASF 1892)

 

 1933年春、哲学者ハイデガーはラジオ講演をした。演題は「なぜわれらは田舎に留まるか?」という。

 ハイデガーは深山の質素な山小屋で、哲学した。都会を逃れるため。というより、都会の原理に背を向けるためだ。

 「都市世界は破滅的な謬見」に満ちている。そこには、「きわめて声高で、活動的で、すべてを趣味化してしまう押しつけがましさ」しか、存在しない。

 田舎の暮らしを愛でるときも、そうだ。たとえば、都会人は次のように嘆いてみせる。

 曰く、都会には自然がない。すべてが人工的な機械仕掛けだ。ストレスがたまり、人間らしさが失われてゆく。だから自然に回帰しなくては。田舎に行って、失われた人間性を取りもどさなくては・・・・などなど。

 こう言いつのることで「都市世界」は、「都会人の愛想のよさ」と「虚偽のおしゃべり」、に、「田舎」と「農夫の現存を引きずり」こもうとする。

 じつはそのとき、人びとは、「まさに現在必要なただ一つのことを拒絶して」しまっていることに、気づかない。

 つまり、「農夫の存在をその固有な掟に委ねること」。田舎と農夫の現存に「手を触れないこと」。都会人はそのことを忘れているのだ。

 そもそも、農夫の「単純で強固な現存」は、「如才ない諂(へつら)いやまがいもの」など、「まったく必要としないしまた欲してもいない」のである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ドイツ消費者同盟機関誌『民衆新聞』は隔週発行誌。20世紀前半ドイツ全国を網羅する各消費者組合の連携情報誌として暮らしの指針を示した。「消費者」とは大衆消費社会に誕生した新しい「階級」。階級闘争とは別に新規の言説空間を形成した。(Konsum. Volksblatt 1932-Mitte 2)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

20世紀における最も重要な哲学者のひとり、マルティン・ハイデガー(1889〜1976)が思索を重ねたのは、このような山小屋だったのではないだろうか。シュヴァルツヴァルト(黒い森)のエルバッハ湖の近くに建つ山荘。Photo/Shutterstock(Robert Schneider)

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 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

今回紹介するのは、2016年3月に発効されたパイロットウオッチに関するドイツ工業規格DIN8330に準拠し、世界で初めて承認されたクロノグラフ「103.TI.IFR」だ。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

model 103.TI.IFR

ムーブメント:ETA Valjoux 7750(自動巻/25石/28,800振動)/特殊オイル66-
228(-45℃から+80℃での精度保証)/機能:時・分・秒(スモールセコンド)、クロノグラフ(30分積算計)、デイト表示/ケース:チタン/ベルト:カウレザーストラップ/風防:両面無反射サファイアクリスタル/特殊結合方式の両方向回転ベゼル/リューズ:ねじ込み式/プッシュボタン:標準/裏蓋:サファイアクリスタル、ねじ込み式/防水性能:20気圧防水/負圧耐性/Arドライテクノロジー搭載/ケースサイズ:直径41mm×厚さ17mm/重量:69g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/税込価格50万6000円(税別価格46万円)

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 ドイツのDIN標準規格は国内外からの信頼度が高く、最も高水準の規格内容を誇っている。パイロット・ウオッチ「103.TI.IFR」は計器飛行方式(Instrument Flight Rules = IFR)にのっとった飛行運用のための要件を正確に満たすことに成功(つまり、コックピットの計器が故障しても無事に帰還できる!)。ドイツ工業規格DIN8330認証モデルとして、文字盤の6時位置にそのロゴマークが入れられている。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?
 
Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「103.TI.IFR」がDIN8330に認証されたことを示すSEACOTECの認定書。

 「103.TI.IFR」は、計器飛行方式(IFR)での航空のための機能性、信頼性、安全性において高い要求をクリア。そのテスト・認定はハンブルクにある認証機関SEACOTECで実施される。以下はDIN8330を取得するために行われるさまざまな認証テストだ。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?左上/遠心分離機による重力負荷テスト。 6Gの負荷で試験を実施。左中/真空デシケータ内での差圧テスト。DIN8330認定のパイロットウオッチは、数千回の差圧に耐えられなければならない。(857.UTC.VFRのテスト)左下/耐衝撃テスト用ユニット。 右/ストラップが外れずに確実に装着されているかどうかをテストする。
 
Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?まずテスト用時計を消磁し、そのあと定義した磁気強度が均一になっている磁場にさらし、時計の磁気特性を解析する。DIN8330認定のパイロットウオッチは、認可された航空機内の磁気コンパスに近づけたときでも、時計の磁気特性がコンパスに干渉してはならないためだ。
 
Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?コックピット特有の磁気に関するテスト用コイル装置。プロが使用するパイロットウオッチの歩度は、ここで明らかな影響を受けることがあってはならない。

 上記のさまざまな過酷なテストをクリアするからこそ、「103.TI.IFR」にはパイロットウオッチとしての絶大な信頼が寄せられるのである。

 ちなみにジンではよくレッド針が使われているが、「103.TI.IFR」にはオレンジ針が使われている。これはDIN8330に基づいて、赤色は緊急、非常時の色なのでNGとされているからだ。

 さらにこの「103.TI.IFR」のすごいところを紹介しよう。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?まず、ケースに「グレード2」の純チタンを採用。ステンレスに比べて重量が軽く、錆びにくい。さらに金属アレルギーを起こしにくい、といった多くの利点がある。裏蓋にはドイツ語で「REINTITAN」と表記されている。英語でいうところの「pure titanium」、日本語で「純チタン」。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ムーブメントはハイグレード・ムーブメント Valjoux 7750(自動巻/25石/28,800振動/パワーリザーブ48時間)を搭載。重量はわずか69g(ベルトを除く)。耐磁性能はドイツ工業規格DIN8309で4,800A/m。防水性能はドイツ工業規格DIN8310で20気圧(200m)防水。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

さらにパイロットグローブを着用したままでも操作しやすい「特殊結合方式の回転ベセル」を採用。はめ込み式の回転ベゼルのように、何かにぶつけて回転ベゼルが外れるという事故は起こり得ない。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

時計を湿気から守る除湿機構の「Arドライテクノロジー」を採用。機械式時計は、それぞれのパーツが円滑に動くよう潤滑オイルを使用している。時計ケース内部の空気に含まれている湿気によりこの潤滑オイルが劣化すると、精度に悪影響をおよぼすことに。Arドライテクノロジーは、時計ケース内の湿気を吸収する「ドライカプセル」(写真の右側の水色の円がそれ)の搭載、時計ケース内に希ガスと呼ばれる極めて安定した「プロテクトガス」を充填、通常のパッキンより水分浸透を最大で25%削減する「EDRパッキン」の採用という「3つの技術的要素」により、時計ケース内をほぼ無水の環境とする。ドライカプセルに吸収された水分量が増すにつれ、淡いライトブルーからネイビーブルーへと色が変化していく。

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「エルンスト・ヴェーガーホフ社製高品質工具」。ノルトライン・ヴェストファーレン州レムシャイトの工具製作所。ドイツ金属工業新聞DEMIZET発行『エーバースヴァルト製品カタログ』掲載。正確な工具製造はドイツ工業の基礎。製造業者は全国地方都市に地場産業として根付いている。(60 Jahre Eberswalder Offertenblatt 1936-6.4)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?
斧を手にした木こりが、伐採作業を終えた森を見回す。このとき、彼はどんな思いを胸中に巡らせているのか。Photo/Shutterstock(Edgar G Biehle)

 森の住人の仕事は寡黙だ。「単純素朴にして確実」、「見すごしえない誠実さをもっている」。

 だから、山の上で哲学するときも、「わざとらしい感情移入」など、まったく役に立たない。

 哲学する、あるいは真に仕事をする。こうしたことが可能になるのは、では、いかなる場合なのか?

 それは、自然が大切だとか、都市世界を否定することが肝要だとか、そうした思想や思惑が「意志された瞬間にではない」。

 「意志」などという、うつろいやすい個人の問題ではない。

 そうではなくて、「山々の重み」、「原生岩石の堅さ」、「樅の木の悠然とした成育」、「長い秋の夜の[たたずまい]」、雪原の「単一性」・・・・・・「これらすべてが、自らを押し出し、突き進み」、生活の「日常的現存を突き抜けて、鳴り響いてくる」、そのときである。

 つまり、風景そのものではなく、風景が「生起」してくるその流れ。風景を生じさせるなにものかが起動してくる瞬間、そうしたすべてに「沈んで」ゆけるとき。そのとき、ようやく「仕事をする道筋」が見えてくるのである。

 真に仕事ができるのは、自然の山懐に抱かれるとき、などではなく、自然が生起する原理そのものと、一体化したときだけである。

 そうなってはじめて、「仕事」は「端的かつ本質的」に、「固有の空間を開く」のである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?薪の前に立つ若い男。身につけているのは、ドイツ南部バイエルン州からオーストリアのチロル地方にかけて男性に着用される民族衣装「レーダーホーゼン」。肩紐付きの皮製半ズボン。Photo/Shutterstock(wernimages)

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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「ロケット原理で走る自動車」登場。火薬の爆発反動を推進力として車軸に直接伝える。ウィーンの設計士M・ファリアーは「燃料の重量問題も解決」と自賛する。「天体旅行への道新ロケツトカーの実験」。ロケット噴射装置の基礎研究でもあった。(Popular Science 1928-7)

 ポール・ヴィリリオ『政治と速度』(1977年)は、スポーツカーを「速度のエリート」と呼んだ。

 かつて、高速度の魅力は特権的なものだった。裕福な階層だけに許される贅沢だったのだ。

 しかし1910年代、モータリゼーション時代が到来する。スピードの大衆化が始まったのである。その結果、アウトバーンや高速道路はレースコースと化し、人間機械たちの競争の空間となった。

 ところが、それでいてなお、高速度は特権的な夢でありつづけた。なにせ世は安全第一。大衆車の速度など、夢を託すには物足りなかったからである。

 そこに参入したのがロケット自動車だ。

 実用性を夢見つつも、快適さより機能性を追及した、究極のコングロマリット。純粋に速度のための実験車輌。20世紀速度の時代、ロケットカーの奇怪なシルエットは、夢のまがい物そのものといえる。

 ウィーンの設計士M・ファリアーは満足できなかった。ガソリン燃料の内燃機関では速度にも限界がある。こう考えたのだ。

 そこで彼はロケット原理に着目し、火薬の爆発反動を推進力として車軸に直接伝えようと思いついた。試作車の後部車体はまるでロケットのような噴射口でできていた。

 ベルリンの技術者も黙っていなかった。

 技師F・フォン・オーペルが、24本式ロケット噴射装置を搭載した自動車を作ったのだ。発車8秒で時速192kmに到達した。驚異のスピードだった。

 技術革新も進んだ。危険な火薬に代わり、液体酸素を燃焼させるタイプ。可燃性液化ガスを爆風で点火するタイプ。次々と考案されていった。いずれも、夢の実現にむけた技術者たちの工夫だった。

 速度のエリート。夢のまがい物は、頑固者も追い求めるのだった。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?左/「液体酸素で走る驚異の車」。危険な火薬に代わる新機軸。液体酸素とベンジンを爆発させ推進力を得る。貯蔵タンクから液体酸素の補給。この後設計士ファイラーは爆発事故で命を落した。(Popular Science 1930-8) 右/「24本式ロケット自動車」。ベルリンでの走行実験で始動後8秒で時速192kmに到達。F・フォン・オーペルが「操縦」。初速の早さが「驚き」の対象だった。(Popular Science 1928-8)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「『ロケット噴射式』自動車が時速64kmで走行実験成功」。「液体燃料式一気筒噴射装置」で「全金属製弾丸型車体」が疾走する。三輪式。フランスでもロケットカーが登場する。パリの試験コース。(Modern Mechanix 1937-10)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「液体酸素で走る驚異の車『噴射推進実験車両』」。危険な火薬に代わる新機軸。加熱装置と冷却装置を一体化。運転席はファイラーで時速144kmを達成。(Popular Science 1930-8)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「翼で地面に密着させる」。ロケットカーの車体に上下反対にした両翼を付け「逆転した浮力」で車体を路面に密着させる。フリッツ・オーペル運転によるベルリン試験走行コースでの実験走行。高速度記録を作る。(Popular Mechanics 1928-8)

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「熱き誓いの握手!」。「組合活動を通じて君たちの生産力を全土に拡げよう」。ドイツ消費者同盟機関誌『民衆新聞』は「生産」「消費」「購買」をキーワードに20世紀大衆社会と大量消費を連携づけた。(Konsum.Volksblatt 1932-Ende 6)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ドイツといえば、まずはビールだ。自家製ビールの入った木樽を抱える男。「味に自信あり」の面構え。Photo/Shutterstock(Faces Portrait)

 単純で強固な仕事。趣味に流れるだけの仕事とは違い、端的かつ本質的な仕事。

 哲学者が、南ドイツ山岳地帯で出会ったのは、こうした仕事たちであった。

 その仕事は、ときに頑固者によってのみ、生みだされるものかも知れない。

 頑固者の仕事。それは別の見方をすれば、トリックスターの技とも言える。

 文化人類学によれば、どの神話体系にもトリックスターがいるという。たとえば、道化師、いたずら者、ピエロたちのことだ。

 トリックスターとは、秩序と混沌、規範と逸脱の間を往還し、その境界線を無化する両義的存在のことだ。

 たとえば古来、宮廷には道化師が欠かせない。王の絶対権力下、下臣たちのなかで、ただ一人道化師だけは、王のことを笑い飛ばす権利を与えられていた。権威を無化することが許される唯一の存在。それが道化師だ。

 権威や規範とは、つねに反証や逸脱と対面させられる。そして、反対意見と出会うことによって、みずからを内省することができる。そうした内省を通じてはじめて、真正なかたちで存続することができるようになる。

 反証としてのトリックスターは、権威にとって欠かせない存在なのである。

 頑固者の仕事とは、道化師とは違う。笑いによって成立するわけではない。誠実さと強固さが武器だからだ。そして、その武器によって、現存の技術という権威を内省させ、刷新してゆく。

 つまり、頑固者はトリックスターたりうる・・・・・・ただし、生真面目なトリックスターではあるけれども。

 Sinnの技術は誠実で頑固である。それにより、数々の新機軸を生みだしてきた。言葉の原義において、まさにSinnは時計作りの誠実なトリックスターなのである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?
「火かき棒で火をかき立てる」。陶器製造会社カール・マグヌス・フッチェンロイターの円形炉。石炭からガス熱への移行・ベルトコンベヤー導入など19世紀末以降技術改良がなされる。だが「裸火熱」の処理だけは職人の繊細な感覚を必要とした。(Hutschenreuther 1910)
 
Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?
左/「バルト海の靴職人」。バルト海沿岸の保養地ヒッデンゼー島。地元漁師の頑丈な作業靴も観光客の華奢な都会風ハイヒールも修理できる。「息子も父の手作業に幼い関心を抱いている」。(Koralle 1933-9.14) 右/「新しい軽金属ベリリウム」。「直径8cm長さ40cmで重量4kg」。鋼鉄の5分の1の重量しかない軽量の金属素材。シーメンス・ハルスケ社研究所における開発研究。「ヨーロッパ最先端の開発」。(Energie 1932-5)

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 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

「私は時計を作っているのではない。計測機器を作っているのだ」

 という、ヘルムート・ジンの言葉は有名だがじっさいに手首に巻いていると確かにこの言葉にうなずけるシーンに出くわすことがある。自動車を運転しているとき、僕はクセでダッシュボードのデジタル時計よりも腕時計に目をやる。

 ハンドルの10時10分付近に置いた両手を離さず、左手首をひねりSinn 155に視線を走らせると一瞬で時間を把握できるからである。自動車ですら、この一瞬で情報を読み取れる安心感が生まれるのだから、この何十倍の速度で飛ぶ航空機ではこの視認性の恩恵たるや・・・・・・。

 1967年、西ドイツ空軍はふたつの時計メーカーから、制式クロノグラフの調達を実施した。Sinnとホイヤーの2社それぞれがタイプ1550というほとんどそっくりのパイロットウォッチを製作し、その修理メンテナンスをドイツ国内のメーカーであるSinnが受け持った。タイプ1550とはSinnの155である。通常、空軍に納入された1550の文字盤にはトリチウム塗料を示す3Hのマークが入っているが、手元の1550には記載がない。おそらく一度Sinnで文字盤を修理されたことによりオリジナルの文字盤をなんらかの理由によりSinnの交換部品にて修理したのであろうと思われる。そうすると果たしてこの1550がSinnなのかホイヤーの製品なのかわからなくなってくる。しかしベゼルの裏に刻まれたNATO軍時計管理ナンバーは「6645-12-146-3374 」。これはSinnの155に与えられたナンバー・・・・・・。ドイツ空軍パイロットの腕に巻かれたこの1550は幾度もヨーロッパの空を飛び、やがて生まれ故郷で徹底的なメンテナンスを施され生まれ変わり、50年余の時を経て時間を未だ刻み続けている・・・・・・この直径43ミリのケースからそんなロマンと時間が読み取れるクラッシックなクロノグラフでありますSinn model 155。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?織本知之/日本写真家協会会員。第16 回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。

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  • 弊社刊行のコンバットマガジンやモノ・マガジンなどで過去に特集したアーカイブ記事をまとめたモノです。貴重な資料とともにWEBで紹介していきます。

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