自衛隊の輸送力の一翼を担う重要な船があります。それが「ナッチャンworld(ワールド)」です。
かつては、東日本フェリー株式会社が運航する高速フェリーでした。同型船「ナッチャンRera(レラ)」との2隻体制で、青森と函館を結ぶ航路に就いていました。2隻に名付けられた“ナッチャン”とは、船体のかわいらしいデザインを描いた京都府在住の女児の名前から取られました。
就航したのは2008年5月のこと。残念ながら、同社は経営難に陥り、半年後の11月、青函路線を含むすべてのフェリー事業から手を引くことになりました。津軽海峡フェリー株式会社へと買収されますが、定期運航の復活とはなりませんでした。
最大の特徴はスピード。最高速度約36ノット(時速約66km)を誇り、日本最速のフェリーとして当時は大いに注目されました。
両船とも“ウエーブ・ピアーサー”と呼ばれる非常に独特な船体構造をしています。
船舶が海上航行する上で、悩まされるのが波の抵抗です。船体が大きくなればなるほど、当然抵抗が大きくなり、スピードが出せなくなってしまいます。ならば、高速航行を第一に考えるならば、細くて小型の船体とすればよいのですが、船体を細く小型化すればするほど、今度は転覆の危険性が出てきてしまいます。なにより、肝心の貨客部分として使える面積が小さくなってしまいます。人や車が十分に乗せられないのでは、本末転倒です。
では、高速性能を追求するのはフェリーには不可能なのでしょうか…?
頭を悩ませた結果、高速性能と大型化を成し遂げるアイディアに行きつきました。それは、2つ以上の細く小さな船体を、水面上にある甲板でつなぎ、1つの船体とすること。これが、ウエーブ・ピアーサー型船体と呼ばれるものです。日本語では、双胴船、または多胴船と呼ばれます。
ナッチャンは、双胴船と言われるカテゴリーに属します。見た目通り、波の抵抗をうまく分散できる船体となっているので、高速航行が可能なだけでなく、低燃費も成し遂げました。
それでいて甲板の面積を広く取ることができるので、貨客エリア用構造物も大きく、人も車もモノもたくさん乗せることが出来ます。
ウエーブ・ピアーサー船を製造している会社はいくつかあり、ナッチャンは、オーストラリアのインキャット社が製造しました。同社のウエーブ・ピアーサー型高速フェリーは、世界の多くの海運会社で導入されており、まさにベストセラーフェリーです。
米軍は、同社の双胴船を輸送船として配備しました。それが、「ジョイント・ベンチャー」と「スイフト」です。実戦、訓練問わず、世界中へと部隊を運びました。
しかし、2016年9月30日、「スイフト」は、イエメン沖でテロリストが放った対艦ミサイルで攻撃されてしまいます。沈没こそ免れましたが、もはや修復できる状態ではなかったため、そのまま退役しました。「ジョイント・ベンチャー」は、民間海運会社へと売却され、現在は第2の人生を歩んでいます。
防衛省は、島嶼防衛力を高めるため、輸送能力強化を目指します。海上自衛隊は、輸送艦「おおすみ」型(「おおすみ」「しもきた」「くにさき」)を配備していますが、3隻では不十分です。そんな中で、「ナッチャン」に注目しました。約500人の旅客、100台近い車両を搭載できる能力を有しており、キャパシティは申し分なく、さらに「おおすみ」型よりも速い。これに大いに期待を寄せます。
そこで、米軍に倣い、「ナッチャンworld」を輸送船として使うことを決めました。当初は、自衛隊が買い取りを検討していたようですが、PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づくリース契約としました。借り上げ期間は2025年まで。これを受けて、2016年、津軽海峡フェリー株式会社を含めた8社にて、PFI事業実施主体として、「高速マリントランスポート」という特別目的会社が設立されます。なお、「ナッチャンRera」は台湾の海運会社へと売却されました。