去る、1月13日、第1空挺団による降下訓練始めが習志野演習場(千葉県船橋市など)で行われました。これは1年間の降下訓練の安全を祈願する恒例の年頭行事であり、初降下訓練とも呼ばれています。
以前は一般公開されていましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、2年連続で一般公開中止となってしまいました。
今回は、前編に続き、同訓練のメインイベントである空挺降下についてご紹介します。
敵を完全に制圧するため、遂に第1空挺団の本隊が投入されることになりました。そのため、隊員らを乗せた輸送機が習志野島と想定した演習場へと接近してきました。
その先頭を務めたのが、なんと米空軍輸送機でした。横田基地に駐留する米空軍第374空輸航空団隷下の第36空輸中隊に配備されているC-130Jスーパーハーキュリーズです。
なんと、今回は、米軍機から空挺降下を行います。
実は、第1空挺団と米軍は、昔からつながりが深い部隊です。元を辿れば、第1空挺団創設にあたり、米軍の協力があったからこそ部隊整備が進んだと言っても過言ではありません。
1954年、後に初代団長となる衣笠駿雄氏は、空挺部隊を創設すべく、米陸軍第187空挺連隊に協力を求めました。同部隊が当時駐留していた香椎米軍キャンプ(福岡県)にて、訓練がスタートしました。もちろん日本陸軍も空挺部隊を編成していましたが、戦後一度潰えたこともあり、米軍よりゼロから真摯に学んでいきました。
1955年1月10日、福岡駐屯地にて臨時空挺練習隊を新編し、本格的な教育を開始していきます。同年4月5日、現在の習志野駐屯地へと移り、徐々に部隊を整備し、第1空挺団へと成長していくわけです。
その後も、第1空挺団と米陸軍との交流は続いていき、深化していきます。
そして2021年3月、史上最大の日米共同による空挺降下訓練が行われました。それが「エアボーン21」です。東富士演習場(静岡県御殿場市など)を降着地点として、12機もの米輸送機から空挺隊員の降下や装備・資機材の物量投下を行いました。
まさに今回の米軍機からの空挺降下は、その集大成ともいえるものでしょう。
次から次へと、隊員が機体から飛び出していきます。それとともに、青空に空挺傘の花が咲き誇ります。
降下の際に使われているのが、13式空挺傘です。これまで、国産の60式空挺傘、ライセンス生産の空挺傘696MI(開発国:フランス)に次いで、配備を始めた最新式です。これまでの空挺傘に比べて、集団密集降下性が向上しました。具体的には、他の空挺傘とぶつかったケースなど、万が一の事態を考え尽くしました。接触すると、どうしても傘の形が変わったり閉じたりします。そこで、変形した部分をすぐに回復できるようにしたのです。これにより、危険が回避され連続で降下できるようになったため、降着までに時間短縮並びに作戦展開が速やかに行えるようになりました。
米軍機に続き、航空自衛隊の輸送機からも降下していきます。今回もC-2輸送機が大活躍を見せました。これからは、このC-2の時代となっていくのでしょう。
こうして、見事空挺作戦は成功をおさめ、訓練は無事終了しました。
来年こそは、コロナも終息し、また一般公開されることを願いたいです。
さて、この訓練終了後。1月25日から27日かけ、再び富士山麓で、「エアボーン22」と題して日米共同訓練が行われました。令和3年度として考えると4回目となります。11機の米輸送機から空挺隊員約540名、約140個のコンテナ等が降下しました。
今年もさらに第1空挺団と米軍のパートナーシップは深くなっていくでしょう。