お酒博士・橋口孝司の酒千夜Vol.23
歴史編:蒸溜酒の歴史と錬金術


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蒸溜酒とは?

いよいよ今回は、醸造酒に次いで誕生した「蒸溜酒」の歴史についてご紹介します。蒸溜酒とは、以前の記事で説明した「お酒の3分類」(醸造酒、蒸溜酒、混成酒)の中のひとつです。

醸造酒を【蒸溜して】造ったお酒で、総称して「スピリッツ(spirits)」とも呼ばれています。

余談ですが「スピリッツ」という言葉は広義では蒸溜酒全般を指しますが、日本の酒税法においては蒸溜酒の中でもウイスキー、ブランデー、焼酎や原料用アルコールなどを除いたもの、と定義されています。

蒸溜酒は基本的にアルコール度数が高いものが多く、代表的なものには「ウイスキー」「ブランデー」「ジン」「ウオッカ」「ラム」「アガベスピリッツ」などがあげられます。

その他にも世界各地に様々な原料で造られた蒸溜酒があります。※世界の蒸溜酒についてはこちら

蒸溜酒の造り方を簡単に説明します。

醸造酒を蒸溜器で加熱することによって、沸点の低いエタノールが水よりも先に気化し蒸気になります。この蒸気を集めて冷却して液体に戻すと、元の醸造酒よりもエタノールが濃縮されアルコール度数の高いお酒が出来るというわけです。

蒸溜は、繰り返すことでさらに高いアルコール度数のお酒を造ることが可能です。1気圧においては、エタノールの沸点は約78.3℃、水の沸点は約100℃と差があることを利用しています。

蒸溜の歴史

かつて蒸溜に用いられたアランビック型の蒸溜器(出典:ウィキペディア)

蒸溜酒を造るためには、「蒸溜」というの工程が必ず必要です。自然に発酵して出来たのが起源である醸造酒と大きく異なるのはその点です。

そのため、蒸溜酒の歴史は「蒸溜」という技術の進化、蒸溜するための「蒸溜器」の発展の歴史と大きな関わりがあるのです。

蒸溜が誕生した時期や場所については諸説あります。

最も古いとされているのは、紀元前3500年頃のメソポタミアの遺跡で発掘された陶器製の蒸溜装置です。香水などを作るために蒸溜が行われていたとされています。

紀元前に行われていた蒸溜は、香水作りや海水を蒸溜して飲用水にすることなど限られた用途に用いられていたようです。

お酒の蒸溜についての最古の記録は、紀元前300年頃古代ギリシャの哲学者アリストテレスによるワインの蒸溜という説があります。

蒸溜技術と蒸溜器は主にアラビア周辺で錬金術と共に発展し「アランビック」と呼ばれる蒸溜器ができました。その後11世紀になると錬金術師や商人たちが蒸溜の技術を世界中に伝播していきました。

本格的に蒸溜酒が造られるようになるのは12世紀から13世紀といわれています。特に13世紀から14世紀にかけて流行していたペストの治療と予防のための薬としてスペインやフランスで用いられ広まっていったと考えられています。

この時代には、蒸溜酒を「アクア ヴィタエ」(ラテン語)と呼んでいました。ゲール語の「ウシュクベーハー」、フランス語の「オー ド ヴィ」いずれも「生命の水」という意味です。蒸溜酒が、不老長寿の薬として広まっていったことを物語っています。

「錬金術」と蒸溜酒

『賢者の石を求める錬金術師』ライト・オブ・ダービー作(1771年)(出典:ウィキペディア)

蒸溜酒の歴史を見ていくと、「錬金術」との関わりが非常に深いことがわかります。これが醸造酒の歴史とは大きく異なっている点です。

現代では「錬金術」「賢者の石」というと、アニメや映画を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

どこか架空の話のようなイメージもあるかもしれませんが、実は現代の技術や研究に繋がる礎を築いたのも錬金術だったのです。そして錬金術は蒸溜酒造りにも大きな影響を与えたのでした。

錬金術は古代ギリシャや古代エジプトで始まったとされ、様々な手段を用いて金銀などの貴金属や魂や人間の身体を含むさまざまなものを精錬しようとする試みのことです。

錬金術師たちにとっての最大の目標とされたのが、万病を治し、不老不死を実現し、鉄屑から金銀を生成できる究極の物質「賢者の石」を作り出すことでした。

賢者の石の精錬方法には諸説ありましたが、その中のひとつが蒸溜器を用いる方法です。アラビアの錬金術師たちは蒸溜器を使って、なんとか賢者の石を作り出そうと試行錯誤を繰り返していました。そうした努力の中で、蒸溜酒の製法を生み出し、蒸溜技術そのものの発展や蒸溜器の進化を果たしていったのです。

錬金術師は現代でいうところの科学者や研究者のような立ち位置だったと考えられます。錬金術の技術や実験によって、磁器や火薬、さまざまな化学薬品などが発明され、現代へと繋がっています。

化学を表す英語「Chemistry(ケミストリー)」の語源が、錬金術「Alchemy(アルケミー)」であることからも、錬金術が化学の基礎になっていることがわかるでしょう。

こうして錬金術との深い関わりもありながら、蒸溜酒は病気を治し不老不死をもたらすものとして錬金術師や修道士、商人などによって蒸溜技術と共に世界中へと広まっていったのです。

代表的な蒸溜酒の歴史

様々な蒸溜酒

最後に代表的な蒸溜酒について、それぞれの歴史を簡単にご紹介したいと思います。

●ジンの歴史

ジンは穀物を原料とした蒸溜酒で、ジュニパーベリーをはじめとするボタニカル(植物成分)の香味成分を加えて蒸溜するのが特長です。

ジンの起源は、17世紀半ばにオランダのライデン大学医学部のフランシス シルヴィウス教授によって植民地における熱病対策の特効薬として、利尿効果のあるジュニパーベリーの薬酒がつくられたことといわれています。当時はジュニパーベリーをアルコールに浸した後に蒸溜するという方法で造られていました。

ジュニパーベリーのフランス語である「ジュニエーブル」の名で広まり、爽やかな香りが人々に好まれ薬用だけではなく、新しい味わいのお酒として人気を博したといわれています。

●ウオッカの歴史

ウオッカは主に穀物を原料とした蒸溜酒で、蒸溜後に白樺の炭でろ過することが特長です。

無色透明でクセのないウオッカと、ボタニカルやフルーツなどで香りや色を加えたフレーバードウオッカがあります。
起源ははっきりしていませんが、ポーランドでは11世紀頃から飲まれていたといわれ、ロシアでは12世紀頃から地酒として農民の間で飲まれていたといわれています。おおよそ11世紀から12世紀前後に東欧で誕生したと考えられています。

●ラムの歴史

ラムはサトウキビを原料とする蒸溜酒です。ラムの起源には諸説ありますが、はっきりしていません。

16世紀初頭にプエルトリコに渡ったスペインの探検家フアン・ポンセ・デ・レオンの隊の中に蒸溜技術を持った隊員がいて、ラムを生み出したという説や、17世紀にバルバドス島に移住してきたイギリス人がサトウキビを蒸溜した酒を製造したという説などがあります。

いずれにしても、西インド諸島で生まれ少なくとも17世紀には造られたと思われます。

ちなみに原料となるサトウキビは15世紀コロンブスの西インド諸島発見後に持ち込まれ、その後一大産地になりました。

●アガベスピリッツの歴史

メキシコで竜舌蘭(りゅうぜつらん)を原料として造られる蒸溜酒です。メキシコでは竜舌蘭を「アガベ」と呼んでいます。

アガベから造られる蒸溜酒には「メスカル」と呼ばれ、その中でもテキーラ村を中心とする特定地域で栽培されたアガベ・アスール・テキラーナを原料として、特定地域で蒸溜したものだけを「テキーラ」と特別に呼んでいるのです。

日本では「テキーラ」が有名ですが、最近では「メスカル」の輸入も増え、全体を指して「アガベスピリッツ」と分類することが多くなりました。

メスカルについての最古の文献は1538年の課税に関する記録だとされています。

メキシコでは西暦200年頃には竜舌蘭の搾り汁を発酵させた醸造酒の「プルケ」がつくられていたとされています。そして新大陸発見とともに蒸溜技術を持ち込んだスペイン人は、すぐにプルケを蒸溜して「メスカル」という蒸溜酒造ったのです。

その他に有名な話として18世紀半ば、スペイン統治時代のメキシコのシエラマドレ山脈で起こった山火事の話があります。山火事の焼け跡には黒く焦げた竜舌蘭がごろごろと転がっていて、周辺には甘い香りが漂っていたのでその球茎を押しつぶしてみると、チョコレート色の甘い汁が出てきたというのです。

これを知ったスペイン人がこの汁を絞り、発酵、蒸溜してお酒を造ったという話です。

●ウイスキーの歴史

ウイスキーとは穀物を原料にしてた蒸溜酒で、木樽に入れて熟成させたお酒をさします。ウイスキーの起源ははっきりしていませんが、2大起源説が有名です。

1つ目はアイルランド起源説です。1172年イングランドのヘンリーⅡ世がアイルランドに侵攻したとき、すでにこの地では大麦を原料とした蒸溜したお酒を飲んでいたという説です。こちらは口伝え伝説であり記録は残っていません。

2つ目はスコットランド起源説です。1494年スコットランド財務省の記録の中に「修道士ジョン・コーに8ボのモルトを与え、アクアヴィテを造らしむ」という内容が記されています。ウイスキーに関する最古の文献とされています。

●ブランデーの歴史

ブランデーとは果実を原料にして蒸溜した後、熟成させた蒸溜酒の総称です。ブドウを原料にしたものが多いですが、他にも「原料フルーツ名+ブランデー」(例:アップルブランデー)と表記されるブランデーもあります。

ブランデーの起源は、スペインで錬金術師がワインを蒸溜したのがはじまりといわれています。12世紀から13世紀にかけてスペイン、イタリア、ドイツなどでワインを蒸溜した記録が残っています。

例えば13世紀、スペイン人の錬金術師で医者でもあったアルノー・ド・ビルヌーブが、ワインを蒸溜し不死の霊薬として売り出したという記録があります。ペストが流行していたこともあり、ラテン語で「アクア ヴィタエ(生命の水)」と呼ばれ珍重されていたといわれています。

●焼酎(日本)の歴史

日本の焼酎には原料の違いで、米焼酎・麦焼酎・芋焼酎・黒糖焼酎・粕取り焼酎・そば焼酎・栗焼酎・泡盛など様々な種類があります。

焼酎の起源として日本に蒸溜酒が伝わった歴史をご紹介します。

日本に蒸溜酒が伝播したルートについてはいくつかの説がありますが、14世紀以降に交易のあったシャム(タイ)から琉球に伝わった説が有力といわれています。

日本で初めて造られた蒸溜酒は泡盛であったと考えられており、その後鹿児島をはじめとする九州に焼酎造りが伝わり、各地で様々な焼酎が造られるようになったといわれています。

■世界の蒸溜酒
・アクアビット:北欧諸国
・コルン(シュナップス):ドイツ
・グラッパ:イタリア
・ピスコ:ペルー、チリ
・ピンガ(カシャーサ):ブラジル
・マール:フランス
・ラク/ラキ:トルコ
・ランバノグ/アラック:フィリピン
・白酒(パイチュウ):中国
・焼酎(ソジュ):韓国

  • 株式会社ホスピタリティバンク代表取締役 ホテルバーテンダーから料飲支配人、新規ホテル開業準備室長、運営などをてがけ26年間ホテルに勤務。2008年より株式会社ホスピタリティバンク代表取締役に就任。バー開業コンサルティングなどを手がけ酒類関連団体の顧問、理事を歴任し国内外で講演、セミナーを行っている。ウイスキーバープロデュース・運営(2017-2019)を行う。 シャンパーニュ騎士団「シュバリエ」、ベルギービールプロフェッサー、日本伝統濁酒学博士などの称号を持つ。 2015年からは「橋口孝司 燻製料理とお酒の教室」にてセミナーの開催や、ウイスキーを愉しむイベント「ザ・シークレットバー」も銀座と西麻布にて定期的に開催している。 「ディスティラリーパッケージ1992」を皮切りに、「ウイスキーの教科書」「カクテル&スピリッツの教科書」「本格焼酎名酒事典」「ビジネスエリートが身につける教養 ウイスキーの愉しみ方」などを執筆、「世界のウイスキー図鑑」「世界のベストウイスキー」「ハリウッドカクテル日本語版」などを監修。ウイスキー、カクテル、スピリッツを中心に酒類に関する執筆・監修は26冊以上。 Webでは、「たべぷろ」にて執筆(https://tabepro.jp/author/hashiguchi) 「江崎グリコ お酒の話」を監修(https://jp.glico.com/osake/index.html)
  • https://www.hospitality-bank.com/

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