ユン・ソンモ主演のアクション映画『ランサム』が7月21日公開。韓国の超人気グループ「超新星」出身ながら、謎に満ちた誘拐犯を演じて存在感を発揮。スリリングな銃撃戦が展開される本作についてお聴きした。
文/今井あつし
<あらすじ>
イ・ソジョン(ユン・ソンモ)は4人の男たちと共謀して、女子大生の金山由美(吉田玲)を誘拐し、人里離れた廃工場に監禁してしまう。そして、由美の父親で日本の裏社会を牛耳る金山(小沢仁志)に、1億円の身代金を要求。犯人たちの足取りを掴めず、金山は身代金を用意するしかなかった。しかし、悪徳刑事がアジトへ接近しつつあった。さらに誘拐犯たちにはそれぞれ思惑があり、身代金を巡って次第に対立することになり……。
<映画公式HP>
●日本のファンのために、日本でも活躍したい
――本作に出演された経緯から教えていただけるでしょうか。
僕は以前から超新星のメンバーとして、日本でもミュージカルやライブを行っていましたが、その際はいつも韓国語で話していたんですね。観客の皆さんは会場内のモニターに表示された字幕を見ながら応援してくれていたんですけど、僕は「ちゃんと日本語で話さないと、日本の方々に失礼じゃないか」と思っていたんです。それで頑張って日本語を習得して、日本の作品にも出演しようと思い立ちました。そんな中で僕のスタッフが日本の映画会社とコンタクトを取りまして、この映画にキャスティングしてくださいました。それが2020年初頭ですね。
――ソンモさんの熱意が日本のスタッフたちに伝わったのですね。
オンラインミーティングで監督の室賀厚さんとお話させていただいて、「今度は日本で直接お会いましょう」という段階まで進んだのですが、ご存知の通りコロナ禍になってしまって、2年間も企画が止まったままになりました。普通なら何か問題が起こった場合、主演俳優が交代になったり、映画そのものが頓挫してしまうものじゃないですか。だけど、監督をはじめスタッフさんたちは撮影の目途が付くまで僕を待ってくれたんです。本当に感謝しています。
――それで昨年2022年の春に来日されて、本作の撮影に臨まれたわけですが。
実は企画が再開してから、急いで撮影が決まったものですから、ビザの関係でたった2週間しか日本に滞在できなかったんです。非常にタイトなスケジュールの中で、ソロアルバムのレコーディングや音楽番組の出演をこなしつつ、同時進行で本作の撮影を行うことになって、出発前から本当に慌ただしかったですね。「衣装はそちらで準備してほしい」と言われたので、韓国のショッピングセンターを回って自分で購入しました。映画のコンセプトから、主人公は血を流すことも厭わない人物なので、汚れたり破れたりしても良いようになるべく安いブランドを探して、2着ずつ用意しました。それで約束の3日前にギリギリ飛行機のチケットを予約して、無事に日本に行くことが出来ました。空港に着くなり、すぐ撮影現場である埼玉県深谷市に直行しなければならず、東京から80キロも離れたところだったので、移動だけでも大変でした。3年ぶりの日本だと言うのに、ゆっくりと美味しいものを食べる余裕すらなくて残念でしたが、仕方なかったですね。
●タイトなスケジュールの中でアクションを完璧にこなしていった
――実際に現場に入ってみて、いかがだったでしょうか?
現場に入る前に大まかなストーリーを聞かされましたが、実際の台本は日本語で書かれていて、まだ日本語に慣れておらず苦労しました。撮影しながら、その都度覚えていったという感覚でしたね。しかも当時はまだまだ日本語を上手く話せなかったので、台詞回しに関してプレッシャーがありました。普段使わないような言葉がたくさん出てくるので、周りのスタッフさんや共演した俳優さんたちに「このイントネーションで間違いないでしょうか?」と確認しながら、手探りの状態で役作りに励みました。ただ、監督が「台本に縛られずに自由に演じてほしい」と言ってくれたので、会話のシーンでは相手の表情から感情を受け取り、「この場合はこういう感情で返すべきだろう」と思って、あくまで自然体で演じましたね。
――ソンモさん演じる主人公イ・ソジュンは温厚ながら凄腕の殺し屋という設定で、迫力あるアクションシーンが描かれます。
本当にタイトなスケジュールだったので、撮影が始まる前に、監督から「こういうアクションがほしい」という要望を聞いて、20分ぐらい練習してからすぐ本番に臨みました。もともと格闘技を習っていましたから、アクションシーンが一番やりやすかったですね。僕が拳銃を撃つシーンにしても、明確な指示があったわけではなくて、どのように撃つのかは僕に任せてくれました。中盤の中華料理店で僕が3人の男を撃ち殺すシーンでも、普通に撃ったのでは面白くないので、多少リズムをつけて少し意表を突くように意識しました。監督は僕のアイデアを「それ良いね」と喜んでくれたので嬉しかったです。
――室賀監督はかつて『SCORE』(95年)というガンアクション映画で話題を集めた方です。本作でもガンアクションが一番の見どころとなっていますが、ソンモさんご自身は今までガンアクションの経験はあったのでしょうか?
ガンアクションはまったくの未経験です。僕は韓国で軍に入隊したことがありますが、拳銃を手にした機会はありませんでした。一般兵にとって拳銃は人を殺すものではなくて、実際の戦闘で捕虜になった時に自害するためのものなんです。相手を撃つための拳銃は上官しか扱えない。だから、拳銃を触ったこと自体が初めてでした。北野武監督の『アウトレイジ』シリーズ(10~17年)では、とにかく登場人物たちが拳銃だけではなく、手当たり次第にその場にあったものを武器にするじゃないですか。だけど、室賀監督はガンアクションにこだわりがある方で、『アウトレイジ』のような残酷描写よりも、あくまでハリウッド映画の方式で撮っているなと感じました。だから、ガンアクションだけではなくて、生身の格闘シーンでも実践的な動きよりも、なるべく画面に映えるような動作を意識しました。
●小沢仁志をはじめ日本の共演者との思い出
――本作では物語の重要人物として小沢仁志さんが出演されています。小沢さんは非常に貫録のある方ですが、撮影現場で思い出があれば教えてください。
小沢さんは現場でも役柄に合わせて冷たいオーラを放っていたので、最初は「怖い人かな」と思っていました。だけど、待機時間に恐る恐る声を掛けてみたところ、小沢さんは僕が声を掛けるのを待っていたようで、すっかりと打ち解けました。それで小沢さんの方から「一緒に写真を撮ろう」と言ってくれました。僕は勝手にSNSに写真をアップしたら失礼だと思って躊躇していたんですけど、小沢さんの方からツーショットをご自身のブログに載せてくれたんですよね。まったく偉ぶらず、大変気さくな方でした。
――その小沢さん演じる金山の娘であり、イ・ソジュンたちに誘拐されるヒロインの由美役に吉田玲さんがキャスティングされています。吉田さんのご印象はいかがでしょうか?
玲ちゃんはそれほど芝居の経験を積んでいないと聞いていましたが、役者としての姿勢がすごく良くて、早く成長するんじゃないかなと思いました。スタッフを含めて年配の男性が多い現場でしたけど、彼女は明るく振る舞って、僕にもいろいろと気遣ってくれました。撮影が終わった時、僕を含めて誘拐犯を演じた主要キャストたち一人ひとりに手紙を書いて渡してくれたんですよ。本当に良い子だなと思いました。今でもたまに連絡して、何か悩み事があればアドバイスを送っています。
――物語は後半に差し掛かると新たな展開を迎えて、ソンモさん演じるイ・ソジュンと吉田さんの由美との関係に変化が訪れます。イ・ソジュンと由美のやりとりも見どころですね。
僕と玲ちゃんのやりとりは基本的に静かなシーンが多く、台詞もそれほど多くはない。けれども、玲ちゃんは目線ひとつでイ・ソジュンに対する感情の変化を繊細に表現していきます。中盤以降、どのようなストーリーになるのかは明かせませんが、室賀監督は「イ・ソジュンは冷徹なんだけど、同時に温かさを持った人物で、その両面を見せていきたい」と言っていて、僕自身、玲ちゃんの目線を受けて、「イ・ソジュンは元々自分の命も厭わない優しい人間だったんじゃないかな」と気付かされたぐらいです。玲ちゃんや小沢さんをはじめ、周りの俳優さんたちがそれぞれ良い芝居を見せてくれたので、僕も自然にこの現場で演技力を吸収できたと思っています。
●複雑な人間関係、そして生身であるが故の変化を描いた骨太のドラマ
――完成した本作を鑑賞されて、どのようなご印象でしょうか?
本作は誘拐事件を中心としたアクション映画ではありますが、同時に生身の人間の変化をリアルに描いたドラマだと思っています。主人公のイ・ソジュンを中心に、様々な人間関係が描かれていきます。誘拐した由美はもちろんのこと、同じ誘拐グループのメンバーたちとのやりとり、さらに小沢さん演じる金山との抜き差しならない関係から、イ・ソジュンがどんな人間なのかが明かされていく。人を殺した過去を抱えているけど、その心の底には優しさを秘めている。絶対的な白とまではいかないけれども、最終的に自分の命を投げうって仲間を助けに行き、人間性を取り戻していく姿が描かれますね。陰惨なシーンもある映画ですが、不思議と観終わった後は暗い気持ちにならないです。スタイリッシュなだけではなくて、そういったところを丁寧に描いているのが室賀監督の特徴だと思いました。
――本作は4月に開催された沖縄国際映画祭で試写上映が行われました。舞台挨拶で観客の反応を目の当たりして、どのようなお気持ちでしょうか?
沖縄国際映画祭では「カッコいい」「面白い」といった感想と同じぐらいに、「意外と怖かった」という声が上がっていましたね。実際に僕自身、青春映画や恋愛映画に出演したことはあるけど、こういったアクションは初めてでしたので、ファンの方からすれば、まだ見たことのない僕の新しい一面に触れて戸惑った部分があったようです。だけど、「日本語の台詞に違和感がなかった」「日本映画にも出演してくれて嬉しい」といった感想もいただいて、本当に良かったです。
●音楽と芝居、日本でも活躍の場を広げていきたい
――ソンモさんは超新星を離れてからも、ソロアーティストとして音楽シーンに携わっています。音楽と芝居、どちらが大変でしょうか?
どちらも大変で、どちらも楽しいんですけど、個人的に今は芝居をしている時の方が面白いです。もちろんファンの方から「辛い時にソンモの歌を聴いて、明日も頑張ろうと思った」といった話を聞くたびに、僕がやらなきゃいけないことはファンのために歌うことであり、その気持ちに変わりはありません。だから、決して音楽を諦めたわけではないです。ファンのために笑顔で歌って踊ってパフォーマンスを披露しつつ、オファーがあれば、良い演技をして最高の芝居を作っていきたいという気持ちです。
――ソンモさんが芝居にのめり込んだキッカケは何だったのでしょうか?
僕は超新星でメインボーカルを務めていたので、他のメンバーたちのようにドラマに出演する機会がなかったんですよ。それが悔しくて、仕事が終わってから夜中に1人で鏡を見ながら、自主的に演技の練習をしていました。その熱意が通じたのか、『愛の言葉』(14年)という韓国映画の主演に抜擢されました。手術の後遺症で言葉を発することができなくなったという役柄で、非常に演技力が試されましたが、「目線が良い」と褒められて自信がつきました。そこから本格的に演技を勉強するようになったのです。それで日本語も習得して、『ランサム』をはじめ、日本のミュージカルにも出演する機会に恵まれました。そのミュージカルを観た関係者から、日本のTVドラマ『婚活食堂』にキャスティングされて、さらに『Dr.チョコレート』にも出演することになりました。このように芝居の仕事が広がっていって、本当に嬉しい限りです。
――最後に、これから『ランサム』を鑑賞されるファンに向けてメッセージをお願いします。
『ランサム』は、韓国人の僕が日本の俳優さんたちとスタッフさんたちで作った映画です。日本語の台詞でまだ拙いところもあると思うんですけど、温かい目で応援していただければ幸いです。アクション映画なので、女性だけではなくて、男性も楽しめる内容となっています。僕自身もっと成長して、『ランサム2』に続けていきたいと思っています(笑)。
ユン・ソンモ
1987年生まれ。男性アイドルグループ「超新星」の元メンバー。現在はソロアーティストとして活動し、2022年にアルバム『ADAMAS』を発表。役者としての代表作に『愛の言葉』(14年)など。また2023年は日本のTVドラマ『婚活食堂』、『Dr.チョコレート』にも出演した。
ライタープロフィール
今井あつし(いまい・あつし)
編集・ライター。エッセイ漫画家まんきつ先生、かどなしまる先生のトークイベント司会、批評家・切通理作のYouTubeチャンネル『切通理作のやはり言うしかない』撮影・編集・聴き手を務める。
【公開情報】
映画『ランサム』は、7月21日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺他、全国ロードショー!
<映画公式HP>