昨年12月に公開されて話題を集めた映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』。自主製作ながら、『ウルトラマンギンガ』『ギンガS』に参加した石井良和監督が特撮にこだわり抜いた作品であり、海外でも高い評価を得ている。現在、限定超豪華コレクターズ版Blu-rayを制作するためにクラウドファンディングで支援を募っているという。改めて石井監督に本作の魅力についてお聴きした。
文/今井あつし
<あらすじ>
主人公の大木勇造(藤田健彦)は自称エリートサラリーマン。今日も部下に仕事を押し付け、可愛い彼女・杉本玲子(草場愛)とデートを楽しむ。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響によってリストラという憂き目に。再就職したギャラクシー商会は犬の着ぐるみを着た引きこもりやブルース・リーに傾倒する男など、変人・奇人の集まりだった。大木はそんな彼らに翻弄された挙句、玲子に振られてしまう。そんな中、怪獣ヴァイラスキングが突如出現して街中が大混乱に陥る。
●こんな時代だからこそ、喜劇という形で怪獣映画を撮りたかった
――自主製作で『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』を監督することになった経緯から教えてください。
2020年にコロナ禍で一時期、映画館が閉まったじゃないですか。今までの人生を否定されたような暗澹たる気持ちになりましたが、こんな時期だからこそ映画人として何かやらなければならない。培ってきた特撮のノウハウを活かして、コメディという形で怪獣映画を作りたいと決心しました。僕の師匠は『トラック野郎』シリーズの鈴木則文監督で、職人として数多くのプログラムピクチャーを作ってきた方です。初めてスタッフとして参加した映画『文学賞殺人事件 大いなる助走』(89年)で、鈴木さんから「映画はお客さんを楽しませてナンボだよ」と言われたのを思い出したんです。今は暗い世相に反して喜劇映画が少ないように感じて、いろんな観客が心の底から楽しんでくれる幕の内弁当のような映画にしようとこだわりました。
――石井さんは「日本の伝統アナログ特撮を後世へと残したい」との思いから、劇中に登場する怪獣ヴァイラスキングのスーツを造形しましたが、デザインも含めてこだわったところを教えてください。
自分が監督した前作『アタック・オブ・ザ・ジャイアントティーチャー』(19年)はマーブリング・ファインアーツさんの協力を得て、本格的なミニチュアセットが組めたけど、代わりに予算の関係で、敵怪獣は『ウルトラマンレオ』(74年)の円盤生物のような吊りものにせざるを得ませんでした。だから、今回はどうしても怪獣の着ぐるみを作りたかった。デザインのこだわりとして、初代『ウルトラマン』(66年)のようにシンプルな怪獣にしたかったんです。それにオープン撮影も行うので、4つ足タイプの怪獣は操演で補助しないといけないところがたくさんあって、自主製作の規模では難しいと思い、怪獣をデザインした松本智明さんに「2つ足でシンプルな怪獣にしてほしい」とお願いして、3つの候補の中から一番力強いものを選びました。他には『パシフィック・リム』(13年)に登場したナイフヘッドみたいなデザインもありましたね。
ヴァイラスキングの勇姿。「やっぱり怪獣が現れたら興奮しますね。特撮の醍醐味だと思うので、ヴァイラスキングの口の開閉にしても本格的なギミックを仕込んでいます」(石井監督)
●特撮作品では珍しくコロナ禍を描いた理由
――『大木勇造』の劇中、新型コロナウイルスが描かれます。特撮作品でコロナ禍の状況を描くのは珍しいですが、なぜ現実のコロナ禍を取り入れたのでしょうか?
これも鈴木さんから「映画は、その時代ならではのものを入れた方が良い」と教えられたからです。実際に鈴木さんが70年代初期に監督したスケバン映画で沖縄返還が描かれました。だから、2020年代の映画としてコロナ禍を描くべきじゃないかと。ただ当初、周りのスタッフから「マスクを付けると、俳優の顔が見えなくなる」と言われて悩みました。また「いつかコロナが収束した際、この映画は古臭いものとして忘れ去られてしまう」とも言われたんですけど、コロナ禍によって打ちのめされた人たちの励みになるような作品にしたい。それで怪獣が人々のマスクを次々と吸い込むという展開にすれば良いんじゃないかと思い付いたんです。自分でもバカバカしいと思ったけど、これならコロナ禍での危機を描けますよね。だから、最初はミイラ男が包帯のようにマスクを身体に巻き付けてどんどん巨大化していく展開も検討していました(笑)。
――主人公の大木勇造は冒頭、部下に仕事を押し付けたりする酷い人物として描かれます。また物語の舞台となるギャラクシー商会の社員たちも、一癖も二癖もある人物ばかりです。そういったキャラクターを配置した理由を教えてください。
大木勇造をクズな人間として描いたのは、最後にヒーローとしてひっくり返したかったからです。僕は主人公の成長を見せたいと心掛けていて、物語の入口と出口で主人公が何も変わらなかったら、「何を見せられたんだ?」となってしまうじゃないですか。ダスティン・ホフマン主演の『靴をなくした天使』(92年)という映画は、裁判中に自分の弁護士の財布からお金を盗んでしまう、ろくでもない男が主役なんですが、思わぬ形で人助けをしてしまうコメディなんですよね。決してヒーロー然としていないところが好きで、あの映画のように救いようのない人間が立ち上がるところを描きたかったんです。大木勇造の周りも社会に馴染めそうにない人たちばっかりだけど、自分も社会からはみ出ているという意識があって、自分の中にあるどうしようもない部分を極端な形で各キャラクターに投影しています。それにコメディとして、変人や奇人たちに主人公が振り回される場面を描きたかったのもあります。
●野村宏伸、町田政則と特撮でも馴染みのあるベテラン俳優が出演
――角川映画『メイン・テーマ』(84年)や『教師びんびん物語』(87年)で知られ、最近は『仮面ライダーエグゼイド』(16年)でレギュラーを務めたベテラン俳優の野村宏伸さんが大木勇造の上司役で特別出演されています。
素晴らしい俳優さんでした。野村さんは『ウルトラマンギンガ』(13年)でヒロインの父親役で出演されていましたよね。野村さんがウルトラマンダークとウルトラセブンダークに変身する回は僕が監督したんですよ。現場で野村さんに変身するシーンについて僕が説明しているスチール写真がまだ残っています。『大木勇造』は予算の都合で野村さんの出演シーンは会議室と自宅の2カ所のみですが、野村さんは河崎実監督の『コアラ課長』(05年)で主演を務めたこともあって、こういった映画にも理解がある方でした。衣装もこちらで用意することが出来ず、劇中で着られているスーツは野村さんの自前です。だけど、多くを語らなくても全て分かってくれました。
――『大巨獣ガッパ』(67年)や『ウルトラマンティガ』(96年)のチャリジャ役などで知られる町田政則さんが怪しい科学者・伊集院役で出演されていてインパクトを放っていました。
特撮ファンにとって馴染みのある方に出演してほしかったので、町田さんが快く出演を引き受けてくれた時は本当に嬉しかったです。町田さんは子役から活躍されていて、『網走番外地 南国の対決』(66年)では物語のキーとなる少年を演じているんですよね。当時のお話を伺ったら、現場でサンドイッチの中に入っていたトマトが食べられなくて、高倉健さんが代わりに食べてくれたと言うんですよ。さらにホテルの部屋がアラカンこと嵐寛寿郎さんと一緒だったという。レジェンドたちと一緒に仕事をされてきた方だと改めて思い知りました。よりによってこの映画ではインチキっぽい博士役を配役したんだけど、町田さんはラストですごく真面目な顔をしてシリアスな演技で物語を締め括っていただきました。町田さんが演じた伊集院は影の主役なんですよ。だから、緩急をつけて、ふざけるところと締めるところをキチンと使い分けてくれました。
●特撮現場のメイキング映像を残したい
――現在、『大木勇造』は限定超豪華コレクターズ版Blu-rayをリリースするためにクラウドファンディングを募っています。
自分がBlu-rayのソフト化にこだわっているのは、どうしてもメイキング映像を特典に入れたいからです。自宅での映画鑑賞と言えば、もはやサブスクなどの配信が当たり前になってしまったけど、基本的にメイキング映像はDVDの特典であって、配信では視聴できないものでしょう。この映画を作ると決めた時から、メイキング映像も同時に撮って、どのように特撮が出来上がっていくのかも見せていきたかったんです。作品の裏側を見せることで、より特撮の魅力を伝えられるんじゃないかと思います。
――実際にメイキング映像を拝見すると、特撮現場に時間が割かれています。特にヴァイラスキングのシーンは何回もテイクを出されて、石井監督の並々ならぬ熱意が伝わってきました。
やっぱり怪獣はカッコよく登場した方が良いんじゃないですか。『ウルトラマンギンガ』は様々な制約があったんだけど、僕が監督した回は制作部に無理を言って、ベテランの操演スタッフである亀甲船の根岸泉さんの協力も得て、アントラーやザラガスが登場するシーンをオープン撮影で撮りました。『大木勇造』のヴァイラスキングは埼玉県川口市にあるSKIPシティの屋上での撮影でしたが、8月の暑い盛りだったので、だんだん頭が朦朧としてきたんですよね(笑)。だけど、煽りカットなどにもこだわりたくて、フラフラになりながらも納得の行くカットが撮れるまで粘り続けました。
操演でヴァイラスキングの尻尾を動かしているところ。「尻尾の動き一つとってもこだわりました」(石井監督)
――『大木勇造』はグリーンバック合成を多用して、『ウルトラマンタロウ』(73年)や『アイアンキング』(72年)のように主人公をはじめ登場人物たちがヴァイラスキングの身体に飛び乗ったり、徒手空拳で戦いを挑んだりするシーンが描かれます。
前作の『ジャイアントティーチャー』が巨大化した人間と怪獣の戦いだったので、今回は等身大の人間と怪獣を戦わせることにしました(笑)。ヴァイラスキングと同じくSKIPシティの屋上でグリーンバックの幕を広げて人物の素材撮りを行いましたが、大木勇造役の藤田健彦さんは特撮に慣れていないから、「いま自分は何のシーンを撮っているのか?」と戸惑ってしまったようです。こちらもいろいろと計算しながらの撮影だったので、説明不足なところがあった。反省しています。ただヴァイラスキングも人物も屋外の自然光の下で撮ったので、完成作品では光の加減などが上手くマッチングして、大木が怪獣に飛び掛かるシーンなどは違和感がないと思います。合成だけではなく、ヴァイラスキングの首に人形をぶら下げたりして、『北京原人の逆襲』(77年)のようなノリも出していきたかったんだけど、あとで編集スタッフが「全て合成に差し替えます」と言ってきて、ちょっと残念だった(笑)。
●テレビでは出来ないことに挑戦。特撮が映像を豊かにする
――クライマックスで、ヴァイラスキングの爆破人形が用意されました。最近はテレビ特撮でも滅多に見なくなりましたが、爆破人形にこだわった理由を教えてください。
前作『ジャイアントティーチャー』で出来なかったことをやろうと思っていたので、最初から「今回は爆破人形をやるぞ」と決めていました。やっぱり特撮の醍醐味は爆破だと思っているので、テレビでは出来ないことにチャレンジしたかった。大平特殊効果で火薬専門技師・久米攻さんの助手だった岩田安司さんに連絡して、かなりの規模の爆破人形用に火薬を用意してもらいました。撮影は山奥で行うことになり、こちらで新たにグリーンバックの幕を購入することになったんです。現場で幕を張ったところカメラアングルが限定されてしまって、6台のカメラを用意したものの、様々な角度から撮ることが難しい。そこは断念せざるを得なかった。実際の空を背景にすれば良かったんだけど、この規模の映画ではかなり贅沢的なことが出来ました。
爆破人形の撮影現場。「肝心の爆破はたったの3秒間でしたが、ハイスピードカメラで10倍まで上げて撮影しました」(石井監督)。名古屋のシネマスコーレで上映した際、若い観客から「爆破人形に興奮しました」との感想が寄せられたという。
――最後にこれからクラウドファンディングに参加されるファンの方にメッセージをお願いします。
次の世代に特撮という文化を残していきたいという思いから必死に作り上げた作品です。僕は『サクラ花 -桜花最期の特攻-』(15年)という映画で特技監督を務めた際、「CGの方が安上りだから」というプロデューサーを説得して、ミニチュア特撮にこだわりました。その苦労が報われて、ミニチュアの戦闘機がポスターのメインビジュアルに採用されたんです。CGが悪いというわけではないけど、やっぱり実物の“質感”が映像に厚みを持たせる。今回、クラウドファンディングでBlu-rayセットを作ろうと思ったのも、メイキング映像をどうしても残したかったからです。いつでも観れるものを所有する嬉しさもあると思いますし、「こうやって特撮は撮られているんだ」と多くの人に知ってもらいたい。この作品をすでにご覧になられた方、そして未見の方も、クラウドファンディングをご検討していただければ幸いです。何卒宜しくお願いいたします。
石井良和(いしい・よしかず)
映画監督。鈴木則文監督や川北紘一特技監督のスタッフを務め、『クール・ディメンション』(06年)で劇場映画監督デビュー。『ウルトラマンギンガ』(13年)『ウルトラマンギンガS』(14年)で監督を務めた。代表作に『ゲームマスター』(17年)『アタック・オブ・ザ・ジャイアントティーチャー』(19年)など。
今井あつし(いまい・あつし)
編集・ライター。エッセイ漫画家まんきつ先生、かどなしまる先生のトークイベント司会、批評家・切通理作のYouTubeチャンネル『切通理作のやはり言うしかない』撮影・編集・聴き手を務める。
【クラウドファンディング情報】
映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』は現在、限定超豪華コレクターズ版Blu-rayを制作するためクラウドファンディングを立ち上げ中。リターン(返礼品)はコースによって異なり、スタンダードコース(1万円)からが付いてくる。少しでも『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』の世界を身近に感じていただきたいという思いから、映画で使用した本物の衣裳、プロップ(小道具)、怪獣ヴァイラスキング造形物の一部もリターンとして数量限定でご用意。各コースの詳細はコチラでお確かめくださいませ。
【超豪華コレクターズ版Blu-ray+DVD 2枚組セット 構想プラン】
「本編Blu-rayディスク」
⚪︎本編
⚪︎オーディオコメンタリー(石井良和監督+藤田健彦+櫻川ヒロ共同製作)
⚪︎特報&予告編
⚪︎英語字幕(ON/OFF可)
「特典DVDディスク」
⚪︎特撮&本編メイキング(監督インタビュー収録)
⚪︎東京池袋HUMAX劇場舞台挨拶ダイジェスト
⚪︎熱海怪獣映画祭上映スペシャルフェイク特報
⚪︎監督・石井良和×特殊造形&監督・原口智生氏による特別対談 (再編集版)
⚪︎本ディスク製作支援者お名前入りクレジット特別映像
⚪︎スペイン・サンセバスティアンホラー&ファンタジー映画祭 特撮現場取材映像
(特撮現場メイキング&監督コメント)
⚪︎キャストによる劇場公開までのカウントダウンコメント
⚪︎「アタック・オブ・ザ・ジャアイントティーチャー」予告編