速いクルマ=良いクルマ
本誌(2月2日発売号)に登場した英国の高家、ベントレー。巷では高いクルマのイメージだけがついているようだが、価格は工業製品としての対価である。それはドアを開けた瞬間からムムムっと思うはずだ。いわゆるフツーのクルマでないオーラを浴びることができる。そんなミヤビでやんごとなき工芸品に試乗できた。
そもそもベントレーの何がスゴイのか、から申し上げなくてはならない。豪華さばかりがクローズアップされがちだが、それは静の面である。そして動の面、つまりクルマ自体はもちろん高性能車である。「速いクルマは良いクルマ」はベントレーのブランドの理念のひとつだ。精密にデザインされたインテリアは職人による手作業を主軸とし、オーダーメードの刺繍も受ける。そして使われる素材も最高級なモノ。ウッドパネルはホンモノの木材を使うし、カーボンはもちろんオーダーによっては石材を使った内装も可だ。両面にわたる高品質な製品作りを長く続けており、歴史の結果としての高いブランド力を持つクルマなのだ。
1世紀以上続く高貴なブランド
ブランドの歴史が始まったのは1919年から。ウォルター・オーウェン・ベントレーにより設立された。その哲学は性能と品質の追求には妥協しないこと。当然クルマは少量生産で、クルマはスポーツモデルが基本。その高性能ぶりはフルノーマルの状態でレースに出場し、多くの勝利を収めたことでも伝わると思う。顧客は当然王侯貴族や富裕層。
そして現在と命がけの度合いが違うレースに挑戦する若者がクルマの性能を世界に証明したのだ。ベントレーボーイズと呼ばれた彼らは瞬く間にアイドルになり、多くファンを持つに至った。なお日本にも有名なファンの一人がいる。ベントレーボーイズの1人が経営するベントレー代理店でクルマを購入した実業家としても知られる白州次郎だ。
ルマンでは5度の優勝を果たしたベントレーだが1931年にロールスロイスが買収。1955年からはロールスロイスとの差がほぼなくなり、1965年からはグリルとバッヂ以外に差異を見つけるのが、難しくなった。そんな中でもターボRやミュルザンヌなど「らしさ」全開のモデルを販売、1991年にはロールス車と共有されないコンチネンタルRがデビューし、ファンを喜ばせた。現在はフォルクワーゲン傘下だがオリジナルモデルを多数リリースしている。
そしてベントレーは高品質なクルマづくりが評価され英国王室号用達、ロイヤルワラントを持つブランドでもあり、2002年のエリザベス女王即位50周年を祝って献呈された特別なステートリムジンは記憶にある方も多いはず。
仮面をかぶるスポーツカー!?
さて、試乗車はフライングスパースピードである。余談だがフライングスパーのネーミングを持つクルマが登場したのは1957年。現在のコーチビルダー部門の前身、H.J.マリナーがコンチネンタルのためにデザインした4ドアモデルで、コンチネンタル・フライングスパーだった。
月日は流れ2013年にはそれまでのミュルザンヌに代わってブランドの旗艦を担うモデルとしてコンチネンタルのネーミングを持たないフライングスパーが誕生した。そしてスピードはブランドの中でもよりドライビングにフォーカスしたモデルに与えられるモノで、1929年のスピード・シックスに由来する。
運転席に陣どるためドアを開けると、そこは当たり前だけれどベントレーの世界。職人の手が込んだ仕事ぶりが伝わってくるインテリアが迎えてくれる。手作業なのに均一なステッチの幅、手に触れる部分の感触、華美に磨き上げないインテリアパネルなどなど早い話が超一流の仕事ぶりの結果がそこにある。
それでいて手の触れる多くの部分に使われるダイナミカ(人工皮革)は73%の再生ポリエステルから作られているというではないか。さすが普段使いのモノを超一級に仕上げる国の職人技といおうか。全シートにヒーターやベンチレーション、マッサージ機能、ふたつのメモリーポジションを装備する。
そんな快適なシートに身を修め、エンジンをスタートさせる。試乗車には2024年で生産を終了するとアナウンスされた6リッターのW型12気筒エンジンが載っているのだが、超絶静かに始動。このスーパーカーにも搭載できそうなパワーユニットがほとんど無音に近いことにまず驚く。
光輝くシフトをDに入れて街に乗り出す。クルマは5m超えの全長、2m並の全幅と堂々としたサイズなのだが、ボディのデカさを感じるか、と思いきや想像以上に取り回しがいい。4輪操舵システムの恩恵だ。それにボンネットの滑らかなボディラインが車幅の感覚を掴みやすくしているので、筆者のようなボンクラでも「にわかショーファー」になれそうなくらい運転しやすい。
次に感じるのは乗り心地のスゴさ。例えば段差を超えた時、1:段差!!! 2:段差ですね、3:段差があったねというように3段活用のどれかになるのが、多くのクルマだが、フライングスパースピードは違う。段差だったよね? と同乗者に確認してもいいくらいのモノ。
さらに驚くのはタイヤが22インチを履いていること。前輪275/35、後輪315/30でサイズだけを聞くとスーパーカーどころかハイパーカー並みのサイズをクルマが履いているのだ。それからシフトショックが皆無。タコメーターを確認すればギアの上げ下げがわかるけれど、8速ATもエンジン同様滑らかだ。もしかすると滑らかという言葉はこのために存在するのかも、と思ってしまうほど。
そうして速度を上げていくと、100km/h巡航時の回転は1500rpmに届くか届かないか。当然レール上を進むかのごとくピタっとした直進安定性を誇る。しかしこうしてジェントルに高速を流すならば、後席に座りたい。ロングホイールベースで足元は広々だし、マッサージ機能はあるし、サイドウィンドウにもブラインドはあるしと至れり尽くせり。
待ってました!! このサウンド
それではモータスポーツ由来のクルマづくり、すなわちベントレーらしさはないのか、と言われると、それはない。知らざぁ、言って聞かせやしょう、と歌舞伎の弁天小僧のように鼻を膨らませて筆者は言うのだ。
シフト下のダイヤルをスポーツモードに回すと、世界が一変。昔のCMなどでありがちな部屋の4方向の壁が一気に倒れてリゾート地が出現、てな具合。かといってあからさまな爆音仕様にならないのがオトナ、いや英国紳士のたしなみというヤツだろう。滑らかな12気筒のレスポンスが普段以上に上がる。このエンジンのスペックは635PS/6000rpm、900Nm/1500-4500rpm。2t超えのボディをまったく感じさせない加速は病みつきになる禁断のダイヤルなのだ。
しかもそのパワーをロスなく伝えるため駆動方式はAWDを採用。このAWDは最大で480Nmのトルクをフロントに配分し、スポーツモードではフロントへの配分は280Nmに変わる。そしてタイトすぎないクネッた道では連続するカーブを身軽にクリアしていく。このサイズでこの重量なのに。低く乾いたエンジン音も室内で心地よく聞こえる。
そしてここで初めてエンジンの振動を感じることができる。かといってそれは不快なモノではなく、クルマを運転している! という醍醐味の方だ。車名のフライングスパー、英語では飛ぶ拍車の意味になる。まさに気分に拍車をかけ、乗り心地は飛ぶがごとしなのだ。
未来志向のブランド
ご多聞にもれずベントレーにも電動化の波がやってきた。同社は2024年までに全車種にハイブリッドを用意し、2025年には初のEVを発売、2030年にはピュアエレクトリックの高級車メーカーになると宣言している。
確かに現行のフライングスパーのラインナップも6リッターのW12を筆頭に4リッターのV8、2.9リッターのV6ハイブリッドがあるくらいだ。そしてベントレーなのにV6ですかい? と思う生粋のスピードボーイズもいるとは思うが、実際はV8並のパワーを誇るのでその点は心配ないはず。むしろモーターのトルクフルな性能のおかげで初動の体感はコチラの方が速く感じる。
しかし試乗車のW12はとてつもなく素晴らしい。内燃機関の一つの完成形といっても大げさでもない。作り手のこだわりや情熱をこよなく愛すモノマガ人のみなさま、記念にいかがっすか?
ベントレー・フライングスパースピード W12
価格 | 3286万円 |
全長×全幅×全高 | 5325×1990×1490(mm) |
エンジン | 5950ccW型12気筒ツインターボ |
最高出力 | 635PS/6000rpm |
最大トルク | 900Nm/1500-5000rpm |