底なしの悪夢を見続ける恐怖!! 静かなブームを呼ぶ北欧ホラーの新たな話題作『ナイトメア/夢魔の棲む家』


『ミッドサマー』、『イノセンツ』、『ボーダー 二つの世界』、『ハッチング―孵化―』、『LAMB ラム』など、ハリウッド映画や韓国映画などとはまた異なるアプローチで恐怖と戦慄に彩られた物語を続々と発表し、現在、静かなブームを呼んでいる北欧ホラー。

そしてこの度、ノルウェーから“終わりなき悪夢”を描いたおぞましい作品が5月24日に公開される運びとなった。ヒロインが夢の中に現れた魔物に翻弄されるというストーリーに、北欧神話ならではの終末思想も加えられて、ホラー映画の中でも唯一無二の存在感を放つ『ナイトメア/夢魔の棲む家』。今回はその見どころをお届けする。

文/今井あつし

<あらすじ>
山と海に囲まれたノルウェーのある都市。カップルのモナとロビーは夢の新居を購入する。だが、モナは入居以来、不眠に悩まされ、やがて得体の知れない魔物に襲われる悪夢を見るようになる。さらに眠りに落ちている間は夢遊病者のように自身の身体を傷つけていることが発覚。日に日に自傷行為の跡が増えていく。魔物の正体は北欧神話の夢魔“メア”であり、モナたちの新居はメアが棲みつく呪われたアパートだった……。

『ナイトメア/夢魔の棲む家』公式HP

●新居は事故物件!? 悪夢に苛まれるヒロインが悪魔の子を宿す?

新居で枕を並べて眠りにつくモナ(左)とロビー(右)。

本作『ナイトメア/夢魔の棲む家』は、若い男女のカップルが高級アパートを購入するところから始まる。破格の値段で手にすることが出来たのだが、その部屋は曰くつきの事故物件であり、以前そこで幼い子どもが亡くなったという。

引っ越しを終えた夜、眠りについたヒロインのモナ(エイリ・ハーボー)は魔物に襲われる夢を見る。その日を境にして、モナは夜ごと不気味な夢を見続けることになり、不眠症に陥って心身共に疲れ果ててしまう。パートナーのロビー(ヘルマン・トムロス)は体調を心配して気遣ってくれるものの、仕事が忙しいためにキチンと向き合ってくれない。

夢の中の魔物は当初、暗がりにいて姿かたちがハッキリとしなかったのだが、日が経つにつれ、パートナーのロビーと同じ姿をして現れるようになった。そのロビーは荒々しく粗暴で野性味に溢れており、大胆にもモナを誘惑してくる。夢と現実の境界が分からなったモナは、その誘いに乗せられてしまう。
 
そして、現実世界でモナの妊娠が発覚する。彼女は自分のお腹にいる赤ん坊が悪魔の子ではないかと疑い始めるのだった……。

●北欧ホラーならではの息詰まるほどのリアリティ描写

魔物による悪魔から睡眠障害に陥るモナ。演者はエイリ・ハーボー。ヨアキム・トリアー監督の「テルマ」で第68回ベルリン国際映画祭シューティング・スター賞を受賞した俊英。

ヒロインが夢の中で魔物に襲われるというシチュエーションは『エルム街の悪夢』を、また「悪魔の子を妊娠したのではないか」と不安に襲われる構図はロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』を彷彿とさせる。

しかし、名作と呼ばれる過去のホラー映画の要素を散りばめつつ、本作はモナを取り巻く現実世界の描写にも、かなりの力点を置いているのが特長だ。

北欧ホラーと言えば、陰鬱ながらリアリティ溢れる日常空間とそこで生きる人物たちのきめ細かな心理描写の積み重ねが特色として挙げられる。『LAMB ラム』の画面の向こうから匂いが立ちこめてくる人里離れた羊舎、『イノセンツ』での無機質な集合住宅地の中で気が滅入りそうな日常を送る子どもたち、などなど。

本作も新しい住宅の窓からは日中、光が差してくるのだが、どこかドンヨリとして寒々しく、場合によっては部屋全体が閉塞的に感じることすらある。モナは不眠症ということから、新しい生活そのものにどこか馴染めずにいるのだ。映画は湿っぽくならず、渇いたタッチでこの閉ざされた日常を淡々と描写していく。

パートナーのロビーを愛しているのだが、まだ子どもを望まず、心のどこかで将来に対して一抹の不安を抱いているモナ。またロビーもどこか独善的でもあり、モナの本当に言いたいことに耳を傾けようとしない。普段は仲良く振る舞っているだけに、両者のすれ違いはヒリヒリとした感覚を観る者にもたらす。ハッキリと台詞で説明せずとも、現実に即した巧みな人物描写と微妙な心の機微がしっかりと伝わってくるのが素晴らしい。息が詰まりそうな生活の中で、次第に不穏な空気が立ちこめてくる。

●閉塞的な状況が続き、夢とも現実ともつかない空間が交錯する

魔物はパートナーのロビーの姿をして現れる。危険な香りを漂わせて、あらゆる手段でモナを誘惑。ロビー役は、Netflixシリーズ『ラグナロク』で知られるヘルマン・トムロス。

そのため観客はモナに感情移入すればするほど、喉を締め付けられるような息苦しさを覚えてしまう。しかも、夢の中で魔物は最愛のパートナーの姿を借りて目の前に現れてくるのだ。まさに悪夢としか言いようがない。

悪夢に苛まれたモナは、夢遊病状態で自傷行為を繰り返すことになる。物語の大半は、この事故物件の部屋の中で展開されていくのだが、限定された空間だからこそ、より一層のこと観ている方も焦燥感を募らせずにはいられなくなる。壁紙の貼り替えが途中のままになっている部屋の描写は、誰にも助けを求めることができない状況を表しているようで興味深い。

物語の進行と共に、モナの睡眠障害は取り返しがつかないほどに重症化する。そのため、劇中モナが目にしているのは夢なのか、それとも現実なのかと、判然としないものになってくる。そういったシーンが随所に組み込まれており、観客も一緒になって悪夢の中を彷徨っているような感覚に囚われてしまう。

そして、物語は予測もつかない方向へと大きく転換していく……。

●黒幕は北欧神話の夢魔?! 夢どころか現実までもが侵食されていく

睡眠分析医によって、夢魔メアの存在が明らかになる。分析医はメアの呪いを解こうと、モナに策を施すが……。

物語の中盤で、なんと主人公モナを苛む魔物の正体が北欧神話の夢魔メアだったことが明かされる。

北欧神話でメアは人々に悪夢を見せる悪魔とされている。実はモナたちの新居はメアの支配下にあり、睡眠中の女性に取りついて妊娠させて悪魔の子を産ませようと計画していたのだ。日常が非日常へと大きく飛躍していく。

夢魔と言えば、アニメやゲームでお馴染みのサキュバスやインキュバスのような淫靡な存在を想像してしまいがちだが、本作のメアはロビーの姿でいる時こそ、ゾッとするほどの色気を漂わせているものの、その正体はまさに悪魔というべきおぞましい容貌をしている。

映画では、モナが初めてメアの存在を感知した際に、脳裏に飛び込んでくるイメージ像として一瞬スクリーンに映し出されるのに留まるが、『エクソシスト』のパズズのような強烈なインパクトを放つ。まさに人外と呼ばれる存在が現実を侵食した瞬間だと言えよう。

●明晰夢がキーワード。悪夢の中で繰り広げられる攻防戦

夢魔メアはロビーの姿を借りたまま、超絶な能力を用いてモナを翻弄する。

とうとうメアによって、モナはその身に新しい生命を宿すことになってしまう。それでも悪夢はまだ終わらない。苦渋の決断を強いられたモナにさらなる悲劇が襲いかかる。物語は人智を越えた悪魔との戦いへと移り変わっていく。

女性が単身で異形の者に立ち向かうのはホラー映画でお馴染みのシチュエーションだが、本作のバトルフィールドはモナ自身の悪夢の中であり、しかもモナは戦闘のプロではなく、特殊能力を備えた超人でもない。あくまでか弱い一般女性であり、徒手空拳で神話の悪魔に挑まねばならない。

ここで持ち出されるのが明晰夢と呼ばれる方法だ。明晰夢とは「自分は夢を見ている」と自覚しながら夢を見ることを指した言葉であり、夢の内容を自分の思い通りにコントロールできるともされている。モナは分析医の精密な検査によって、卓越した明晰夢の才能を持っていることが判明する。夢の世界を制御した者が勝利を得るのだ。

陰鬱な夢の中で繰り広げられるモナとメアの対決は、非常に緊迫感に満ち溢れたものとなっている。モナは自身の夢を制御しようと意識して焦るが、メアは術策を弄して、常に先手を打ってくる。両者の攻防はまさに不条理な世界での戦いとしか表現の仕様がなく、エッジの効いたビジュアルエフェクトの演出と相まって、他の映画で描かれる異能力バトルとは一線を画している。

●雄大な自然と歴史のある北欧だからこそ、悠久の神話が今も息づく

夢魔メアとの戦いは絶望的なものに……。現実のモナの肉体も蝕んでしまう。底なしの悪夢は続いていく。

このように人智を越えた存在が現実を脅かすというストーリーが、最後まで一定のリアリティを失うことなく展開されていく。『オーメン』やH・P・ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」のような壮大なスケールすら感じさせる。この現実と神話が交錯する絶妙なテイストは、実際の北欧神話に材を採ったからこそ成立したと言えるだろう。

北欧神話に登場する異形を題材にした映像作品で言えば、2022年にNetflixで独占配信された映画『トロール』が話題を集めたのが記憶に新しい。『トロール』は1000年の眠りから目覚めた北欧神話の怪物トロールが進撃を開始する、ノルウェー製作の本格怪獣映画。

物語終盤、ノルウェーの首都にあるオスロ宮殿の地下で歴史の闇に葬られたトロールの同族たちの亡骸が映し出される。ただのモンスター映画ではなく、“神殺し”という伝奇的で荘厳な彩りが加えられた内容で、クオリティの高さもあって、Netflixの非英語圏映画として最大のヒットを記録。

古代から中世にかけて信仰されていた神話が、現代という時間軸に生きる人々に対して鋭い牙を剥けてくるというストーリーラインは、まさに雄大な自然に囲まれた北欧だからこそ強い説得力を生み出している。

本作『ナイトメア/夢魔の棲む家』では時折、画面に映し出される街の風景が強く印象に残る。曇天の中で家々が濃霧に包まれていくところは、厭世的な空気感すら漂わせている。それが中世の神話が蘇るのに相応しい舞台装置となっている。

いずれにしても、悪夢に苛まれて現実と夢との区別が次第につかなくなる物語は、人間にとって原初的な恐怖を内包している。世界的に3人に1人は睡眠障害を抱えると言われている現在、北欧神話に馴染みがない方にも観てほしい作品だ。

今井あつし(いまい・あつし)
編集・ライター。エッセイ漫画家まんきつ先生、かどなしまる先生のトークイベント司会、批評家・切通理作のYouTubeチャンネル『切通理作のやはり言うしかない』撮影・編集・聴き手を務める。

【公開情報】
映画『ナイトメア/夢魔の棲む家』は、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、新宿シネマカリテほか、5月24日全国公開!

『ナイトメア/夢魔の棲む家』公式HP

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