作家・福井晴敏氏が第一作目から連なる原作のテーマ性を重視しつつ、今という時代を反映させた今回の新作。細部にまでわたるそのこだわりを映像化するのは今回が初監督作品となる、その名も“ヤマト”監督だ。
写真/鶴田智昭(WPP) 文/小林良介
稀代のストーリーテラーとヤマト監督との共同作業
今回の作品で総監督を務めるのは『宇宙戦艦ヤマト2022 愛の戦士たち』、『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』でシリーズ構成を担当した福井晴敏氏。小学4年生のときに映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を鑑賞以来、ヤマト作品をずっと追い続けてきた〝どんぴしゃ世代〞である。1998年に執筆した小説『Twelve Y. O.』では江戸川乱歩賞を受賞し、以後『亡国のイージス』、『終戦のローレライ』などが次々にヒット。作家としても知られる稀代のストーリーテラーは今回、映画『ヤマトよ永遠に』とテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマトⅢ』をベースにした作品のリメイクに臨んだ。
「原作の『永遠に』って、手描きアニメの極限まで行った作品のひとつなので、これ以上そこは戦ってもしょうがないなっていうカンジなんですね。今の技術でつくるなら画としてはこうだなっていうことはやっていきますが、それ以上に今回は物語の展開に注力していったというのが正直なところです」
『ヤマトよ永遠に』が公開されたのは1980年。当時のアニメ技術の粋を集めてつくられただけでなく、物語の展開に合わせて画角が大きく広がる〝ワープディメンション方式〞など、福井氏曰く「今観ても驚異的な、作画に関してはオーパーツのような映画」であった。これをふまえ、現代の映像技術をもって挑むのがヤマトナオミチ監督だ。
「大変な作品ですし、安易にただ飛びついたわけでなく覚悟をもって、苦労する状態になるのは当たり前だと思いながらも、 精一杯がんばるつもりで引き受けました」
そのヤマト氏にとって、リメイク版の前作に当たる『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』の監督を務めた安田賢司氏は、ともに『マクロスΔ』シリーズをつくった盟友。その安田氏に声をかけられ、『新たなる〜』からヤマト作品に参加。そして今回、ヤマト氏を監督として推薦したのが福井氏だった。
「前のシリーズで各話を2本やっていただいたが、そのときの仕事ぶりを見て、〝この人は絶対逃がさないようにしておこう!〞と思っていて。次の監督を誰にしようっていう話になったときに、私から推薦させていただいた」のだと言う。その理由は「働きものだから」だと、福井氏はさらにこう続けた。
「今までいろいろな監督さんとお付き合いしてきましたが、ヤマト監督は随一ですね。働きものであるがゆえに、〝ここまでやってくれるか〞っていうくらいに手間をいとわないところがあってね」
これに加え、「名前も忘れようがないのでね」と福井氏は笑う。
そのヤマト氏にとっては、今回が初監督作品となる。
「ヤマトの最初の企画書がつくられたのが放映の1年前(1973年)で、自分が生まれるのと数ヵ月くらいしか変わらないらしいんです。ちょうど同じ時期に生まれ、同じように育ってきた。それだけ同じ歴史を積み重ねてきた作品は親近感を覚えると同時に、象徴として憧れのひとつなんですよね」
〝正気の沙汰ではない大変な作業量〞の理由
福井氏曰く、働きもののヤマト氏を監督に起用したのは、「今回の3199がシリーズとして過去イチ大変なものになることが、やる前からわかっていたので」というのが一番の理由なのだそう。
「何が大変かっていうと、今までのヤマトって旅立ったらヤマトの中だけが主要な舞台になっていたんですけど、今回はその片方の重要人物が地球に残るんですよね。だから、地球の物語とヤマト艦内の物語が同時並行で描かれるわけなんです。そのヤマトもいろいろなところにこれから立ち寄るようになるので、そうするともうね、ほとんど各話ごとに舞台が違うから……」
旧作品を観た人であれば〝片方の重要な人物〞と聞いただけで、思い当たる節があることだろう。
「舞台が違うとはどういうことかというと、画の繰り返しができないということ。毎回、その背景のボードを新規でつくっていかなきゃいけない。1本の映画なら当たり前なのですが、この30分26話ものでそれをやるのは正気の沙汰ではないんですよね。だから、それを今回ちょっとがんばってやろうというところなので、大変なのは何といってもそこの物量なんです」
もともと2時間半の映画作品だった原作の『永遠に』だけでなく、この映画と同じ1980年に『永遠に』の次の物語としてテレビアニメで毎週放映された『宇宙戦艦ヤマトⅢ』の要素も今回は多分に組み込まれている。そもそもこの2作品はまったく別の物語だ。
「物語を融合させたというよりは、オリジナル第1作目から連綿と続くテーマ性を埋め込んだうえでつくっています。そうすると、おのずと骨組みは最初から決まっているところがあって、それを原作とどう重ね合わせていくかという作業になるんです。『永遠に』と『Ⅲ』から使えるパーツをもってきて、その骨組みに肉をつけていくような……そんな作業でしたね」
そうしたストーリーをつくり、あとはヤマト氏に投げるのではなく、画づくりに関しても福井氏はさまざまな要望を出したという。
「福井さんから〝原作を踏襲〞っていうふうに言われるカットが所々にあるのですが、当時の天才がひとつひとつつくっていたものを再現するのは簡単じゃないんです」
そんな発言からも、ヤマト氏の苦労が透けて見えてくる。
「全体のフローをとても複雑な流れでつくっているのですが、1回つくった後で再度調整したり……。自分がただつくるだけじゃなく、それをいろいろなスタッフにお願いして回さなきゃいけませんし、そのスタッフも違う分野の人たちが掛け合わせでミックスになってつくっていくため、お互いでもまた調整していただかなきゃいけない」
働きものとして福井氏が期待したのは、こうした部分なのだろう。福井氏、ヤマト氏それぞれのこだわりと苦労が、今回の作品には、これでもかと詰め込まれている。
原作の『永遠に』はヤマトの物語であると同時に、古代を巡る女性たちの物語でもあった。観た人であれば、これがどのシーンに当たるのかはわかるはずだ。そして、左の大きな瞳の女性は森 雪ではなく、もうひとりの重要な女性キャラ。瞳の中には、真田が映っている。
絵空事では済まない、ピリッとした感覚とは
今回、あらためて福井氏が〝とくにこだわった〞という、物語の部分についても尋ねてみた。
「最初のヤマトはいってみれば戦争を知らない子どもたちが10代20代になった時代に、あえて戦争の遺物みたいなヤマトをもう一度と……いう構図でした。物語としては〝日本は負けたし、戦艦大和も沈んだけど、今回の宇宙戦争では大勝利を収めました。万歳〞なのかなと思ったらそうではなくて、〝我々はそもそも愛し合うべきだったんだ、本当は〞というところにたどり着くんです。後悔して終わるカンジというのは、当時の戦争教育とか何にもされていない日本にとってはものすごくインパクトがありました。戦後の第一世代の人たちが自分たちでモノをつくれるようになって、初めて出した言葉みたいなね」
このあたりが、先に福井氏が語った〝オリジナル第1作目から連綿と続くテーマ性〞なのだろう。では、それから50年が経った今は、どのような時代だと福井氏は考えているのだろうか?
「この20年近くは〝バブル崩壊〞だの〝大震災〞だのさまざまな障害を乗り越えたかと思ったら、今度はAIだのなんだのっていうのが出てきて人間の仕事が奪われちゃうかもって、これまでSFで描かれていたような時代になりましたよね。それに対して、本当に真面目に取り組まなきゃいけなくなっちゃった。これまで普遍なものと思われていた人間性を維持することがこんなにも大変で、価値観もこれほどぐらつく世の中になるとは思わなかったっていう、そういう時代です」
そうしたなかでつくられるヤマト新作の意味は何だろうか?
「ヤマトという存在に我々の想いを託して、言うべきことはきちんと伝えていきたいと思っています。だから、生々しい部分も出てきますし、たくさんの登場人物が出てくる群像劇にはなりますが、具体的には、たとえばコロナの時の同調圧力のようなものが物語のなかにもあって、観た人は〝ああ、このなかに俺がいるな〞って。どんな人でも誰かには必ず当てはまるようにつくってあります。第一章は物語の導入ですが、これからどんどん深いところにいきます」と福井氏は語る。
さらに、今まさに世界で起きている問題にも福井氏は言及する。
「今の時代、いつ戦争に巻き込まれるかわからない緊張感があるじゃないですか。ヤマト世界における地球は、もう本当に現代日本なんですよね。周りに大国がいて、強力な兵器を使うことにも躊躇しない連中ですが、自分たちはそうじゃない過去の経緯があるっていう。昔のシリーズなら、〝だから我々は平和国家で、平和を願う我々が正義だ〞で収まりますが、もうそれじゃあ済まなくなってきているのが現実だったりするので。そういうところは、けっこう容赦なく描いています」
そのあたりが、原作とは大きく異なる部分でもあるという。
「今回の新作で描かれていることが、もう絵空事じゃなくなっちゃったっていう、ピリッとくるカンジも当時はなかった感覚だと思うんですね」
自分が生きている世界を客体化して観るデトックス
誰もが知る物語を再構築するにあたって、元来は作家である福井氏は「自分が観たい物語」を描くのか? それとも「皆が観たいであろう物語」に寄せるのか? 今回の作品はどちらなのだろうか。
「観客が最低限これは求めているだろうっていう部分は自分自身も求めていることなので、 そこはほぼほぼ一緒っていうところは、あるかもしれないですよね」
ヤマトのいちファンとしての立ち位置から、ファン心理もよく理解しているということなのだろう。
「自分がやるうえで本当にこだわっているのは、〝1作目由来のテーマ性を揺らがせない〞という一点なんです。そこは、いろいろな意見があるでしょうね」
『宇宙戦艦ヤマト』の第1作目は、ファンが署名を集めて映画化が実現して大ブームとなった。21億円の興行収入を記録し、続く『さらば』では43億円を記録している。これに続いて公開された『永遠に』は25億円の数字を残したが、人々の熱狂は前二作ほど振るわなかった。
「当然、『さらば』のあの感涙を期待していくわけじゃないですか。なのに、自分は涙の一滴も出なかった。ただ、画的にも物語の起伏的にも、びっくり箱のような楽しさを詰め込んだ作品だったっていうところだったので、これをこのままリメイクするのはやっぱりちょっと難しいよねっていうね」
よくも悪くも楽しいだけだったと原作を評価する福井氏。そこで、テーマ性という太い骨組みに、楽しいという肉付けを行ったのが今回の最新作ということだ。
「それこそ原作の『永遠に』がそうだったように、ひたすら楽しい・面白いで日々の憂さを忘れるためだけの映画があってもいいのですが、もう一方で、やはり自分たちが見ていること、やっていることを客体化して見せて、〝ああ、俺は今こういう世界にいるんだな〞ということを再確認する。そうすることでしかできないデトックスもあって、それもまた映画の大事な効用のひとつじゃないですか。そういう意味では、最高のデトックスがお約束できるとは思っています」
今という時代を生きる我々の、さらにそのなかにおける自分自身の立ち位置までをも、最新作では見せるのだという。
「明日から生きていく自分をちょっと見つめ直すみたいな、そういう物語がこれから始まるというところです」
とはいえ、リメイク版も12年で4シリーズ目。ずっと追いかけているファンばかりではないが、その点も福井氏は折り込み済みだ。
「そういう人のためにつくっておきました」と語るのが、2021年に上映された映画『「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202の選択』である。リメイク版の第一作目から『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』の結末までが、登場人物のひとりである真田志郎の視点でドキュメンタリータッチの総集編としてまとめられている。
ファン心理をよく知る福井氏はまた、「ほとんどの人は『さらば』で涙を流した後は、『ヤマト』で一滴も泣いていないと思う」とも語る。それを知ったうえで、今回のリメイクに臨んだ。
「今から言うとあれですけれども、多分最終回はもう、全員涙腺決壊だと思いますね(笑)」
果たして、ヤマトの旅路の果てにはどのような結末が待っているのだろうか。その答えを知るためにも、まずは『ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略』は必見だ。そして、福井氏は最後にこんな言葉を付け加えてくれた。
「ヤマトって、じつは当時、女性ファンがめちゃくちゃ多かったんですよね。その人たちをどれだけ呼び戻せるかも大事なので、女性が見やすいようにという点も、すごく心がけています。だから、奥さまやカノジョ同伴で鑑賞してもらえればと思います」
作品情報/上映情報
『ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略』
●上映開始日/2024 年7 月19日(金)
●公式サイト/https://starblazers-yamato.net
●公式Xアカウント/@new_yamato_2199
●メインスタッフ
原作:西﨑義展 製作総指揮:西﨑彰司 総監督:福井晴敏 監督:ヤマトナオミチ シリーズ構成・脚本:福井晴敏 脚本:岡 秀樹 キャラクターデザイン:結城信輝 メカニカルデザイン:玉盛順一朗・石津泰志・明貴美加 CGプロデューサー:後藤浩幸 CGディレクター:上地正祐 音楽:宮川彬良・兼松 衆/宮川 泰 音響監督:吉田知弘 アニメーション制作:studio MOTHER アニメーション制作協力:サテライト・YANCHESTER 配給:松竹ODS事業室 製作:宇宙戦艦ヤマト
3199製作委員会
Ⓒ東北新社/著作総監修 西﨑彰司
Ⓒ西﨑義展/宇宙戦艦ヤマト3199製作委員会
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