脱炭素に貢献する技術開発を推進する日産自動車が、エアコンの使用を抑制しながら涼しく快適な車内環境を提供するべく開発を進める自動車用自己放射冷却塗装の実証実験を公開した。「塗装だけでこんなにも温度が違うの?」と誰もが驚く画期的な技術なだけに、今後のさらなる展開にも注目を。
文/モノ・マガジン編集部
8月6日に行われた自動車用自己放射冷却塗装実証実験の公開イベントでは先端材料・プロセス研究を担当する日産自動車の三浦 進主任研究員が自動車用自己放射冷却塗装のメカニズムをはじめ、これまでの取り組み・現況・今後の課題について説明した。
ルーフ表面で12℃、運転席頭部で5℃の温度低下を確認
日産が放射冷却製品の開発を専門とするラディクール社と共同で開発した自動車用自己放射冷却塗装。
これは、晴れた冬の夜間から早朝にかけて起こる放射冷却と同じ現象を人工的に引き起こす“メタマテリアル”(=自然界に存在しない物理特性を材料自体ではなく、人工的に実現した構造)を自動車用塗料に採用することでクルマのルーフ、ボンネット、ドアなどの塗装面から熱エネルギーを大気圏外に向かって放出し、それにともなって車内の温度上昇を抑制するというもの。
その結果、炎天下に長時間駐車していた車両への乗り込み時の不快感はもとより、エアコンの設定温度や風量の最適化によって燃費や電費の向上を図ることができる、何ともありがたい新技術なのだ。
日産では開発段階において自動車用自己放射冷却塗装した車両と通常塗料を塗装した車両の温度を比較。外部表面では最大12℃、運転席頭部空間でも最大5℃の温度低下が確認されている。
じつは、このメタマテリアルは建築用途で使用実績はあるものの、建築用塗装は自動車用塗装に比べて塗膜が厚く、ローラーで塗布することが前提でかつ自動車の塗装で必要となるクリアトップコートの使用も想定されていない。
そのため、日産ではこの塗料をクルマに適用できるようにエアスプレーでの塗布、クリアトップコートとの親和性、日産の品質基準などの条件をクリアするべくさまざまな実証実験を実施。その結果、約3年の開発期間を経て一般的な自動車塗装に用いられるエアスプレーでの塗装に成功。
加えて、今回の実証実験においては塗装の欠け・剥がれ・傷・塩害などの化学反応に対する耐性、色の一貫性、修復性についても現時点で問題ないことがあわせて確認されている。
自動車用塗装に適用する際に重要となる塗装膜厚も開発当初の120µm(0.12mm)から大幅な薄膜化に成功。現在は、商品化に向けてさらなる薄膜化に取り組んでいる。
今回のイベント会場に用意されたサンプルパネル。自動車用自己放射冷却塗装したパネル(左)と通常塗料を塗装したパネル(右)がライトで照射されていたが、この模擬的な実験においても5~8℃前後の温度差が生じていた。
気になる量産車への導入については具体的な言及はなく、カラーバリエーションもホワイトのみというのが現時点での状況であり、今後はまずトラックや救急車など炎天下での走行が多い商用車への特装架装としての採用を検討している段階なのだそう。
また、この塗装の効果と耐久性を検証するべく羽田空港において2023年11月からANAエアポートサービスが空港で日常的に使用するNV100クリッパーバンに当該塗料を塗装して1年間の実証実験を継続中であり、今回の公開イベントはその経過報告だったわけだが、実用化はいつごろになるのか?
今後の展開にも注視してみてはいかがだろうか?
イベント当日は自動車用自己放射冷却塗装と通常塗料を塗装したサクラとNV100クリッパーバンも展示されたが、ボディの表面温度を計測すると自動車用自己放射冷却塗装した車両が42.3℃なのに対し、通常塗料を塗装した車両は50.2℃まで温度上昇していた。