お酒博士・橋口孝司の酒千夜 Vol.34 サウナで生まれた!? フィンランド発のサステナブルなウイスキーとは?

■サウナから始まったウイスキー造りとは?

写真提供 リカーズハセガワ


この物語は、2012年フィンランドのとあるサウナの中から始まりました。

サウナの本場でもあるフィンランド(余談ですが「サウナ」はフィンランド語)で、サウナに入っていた5 人の若者が「フィンランドは沢山のライ麦を生産しているのになぜウイスキーの蒸溜所がないのだろう?」と疑問に思いました。

そして、フィンランドのライ麦を使った、自分たちが理想とする新しいスタイルのライウイスキーの蒸溜所を作ることを思いついたのでした。

写真提供 リカーズハセガワ

そして、2014年ヘルシンキの北約340Km、列車で約3 時間半の所にあるイソ キュロ(ISO KYRÖ = 大きな教会)という村の1908 年から使われていたチーズ工場を買い取り、キュロ ディスティラリー カンパニー(蒸溜所)を創業しました。ドイツ・コーテ社の1,200 リットルの蒸溜器を使用してウイスキーとジンの生産を開始しました。

2016年には、コーテ社の1,500リットルと3,000リットルの蒸溜器を追加して、ウイスキーの生産を本格化、2017年には最初のシングル ライ モルト ウイスキーをリリースしました。そして2019年には7,000リットルと9,000リットルの蒸溜器を追加、熟成庫も新設しました。

■ライ麦にこだわったウイスキー造り

ライ麦を使ったウイスキーというと、アメリカのライウイスキーを思い出す人も多いと思いますが、彼らは全く違った概念でライウイスキー造りに取り組んでいます。アメリカをはじめ、スコットランドやカナダなどのライウイスキー造りを参考にしていると公言していますが、実際にはそのいずれともまったく異なる味わいのライウイスキーを生み出しているのです。

ライ麦100%で造るウイスキーにこだわり、使用しているのはライ麦麦芽と未発芽ライ麦のみです。

ライ麦は大麦などとは異なる性質が多い原料なので苦労することも多く、製造工程では工夫が必要でした。例えば、麦汁の粘度が高いため製造中に焦がしてしまうリスクが高かったため、糖化・発酵工程では、スコッチ業界でもよく使われているM3酵母とアメリカのクラフトウイスキー用の酵母を使い、約6日間という長い時間をかけています。自然に出てくる乳酸菌の影響と温度を繊細に管理しながら長く酵母を働かせることで、柔らかな甘さを持つウォッシュを作っています。

ライ麦100%にこだわって改良を続けることで、アメリカとスコットランドの蒸溜設備を折衷したようなハイブリッドシステムを作り上げました。

写真提供 リカーズハセガワ

■熟成の工夫

フィンランドの気候は、外気温は冬場でマイナス30℃まで下がり夏場には20℃になります。寒暖差が50℃以上もあり、湿度も低めなため、ウイスキー貯蔵庫では温度と湿度のコントロールが不可欠となっています。

フィンランドの法律では一つの貯蔵庫のキャパシティは20万リットル以下と規定されており、キュロでは現在は5つの貯蔵庫で少しずつ温度や湿度を変えて熟成を行っています。

貯蔵庫の温度は5℃〜20℃程度、湿度は60%〜80%程度で調整しています。

キュロでは、アルコール度数約11%のウォッシュを蒸溜し、69〜70%のニューポットを55〜62%(スコットランドでは一般的に63.5%)に加水してから樽詰めしています。

年間のエンジェルズシェア(天使分け前)はスコットランドと同等の2.5%〜3%。

写真提供 リカーズハセガワ

■サステナブルで挑戦的なウイスキー造り

キュロでは、蒸溜所で使うすべてのエネルギーはバイオガスや蒸溜時の廃熱などの、再生可能なエネルギーを使用しています。まさに紛れもなくサステナブルなウイスキー造りを行っています。これもまた、サステナブルへの取り組みに積極的な地域として知られる北欧フィンランドならではのウイスキー造りだと思います。

そして彼らは、フィンランドらしさをウイスキー造りに取り入れる様々な挑戦にも取り組んでいます。
例えば、フィンランド産ピート(泥炭)を使ったウイスキー造りにもチャレンジしています。

フィンランドはスコットランドとは土壌の性質が異なるため、ピートには淡水系のバイオマスが多く含まれていて、スコットランドの島々のような海水系バイオマスによる塩辛さが少ないのだそう。さらにピートを使った燻し方も、フィンランドらしくスモークサウナにヒントを得た方法を用いています。

自身が造るウイスキーだけではなく、ウイスキー造りにおける多様性や北欧のウイスキーの発展をも牽引すべく挑戦を続けるキュロ。今後も新たなウイスキーを生み出してくれることでしょう。とても楽しみです。

写真提供 リカーズハセガワ

共同創業者ミイカ・サルミ・リピアイネン氏、リカーズハセガワ社長大澤氏、目白田中屋店長栗林氏と共に

■販売中の商品

リカーズハセガワ本店

<ウイスキー(2024年5月現在 日本)>

・キュロモルト ライウイスキー 47.2%
アメリカンホワイトオークの新樽で3年以上熟成させたフラッグシップ。フィンランド産ライ麦の豊かなテイスト

・キュロ ウッドスモーク モルト ライ ウイスキー 47.2%
フィンランドのライ麦農家で伝統的に見られる、納屋でライ麦を燻して乾燥させる工程を取り入れたもの。熟成にはバーボン樽やアメリカンオーク、フレンチオークの新樽も使い、キャラメルやバニラの甘さ

・キュロモルト オロロソ 47.2%
オロロソシェリー、ニューアメリカンオーク、ex バーボンバレルの3 つの樽を使用。メロウでスパイシー。限定品。

・キュロ ピート スモーク モルト ライ ウイスキー 47.2%
フレッシュウォーターピートを焚き込んだライ麦芽を使用。森と霧に覆われる湿原のような、フィンランドの大地のイメージ。
(※フレッシュウォーターピート 淡水で育った植物が堆積したフィンランドのピート。蒸留所から50Km離れたところで採取されたもの。一般的にイメージされるピーティな香味とは違い、瑞々しい植物のようなフレーバー)

<ジン>

・キュロジン 42.6%
フレッシュウォーターピートと呼ぶフィンランドのピートを焚き込んだライ麦芽で仕込んだもの。森と霧に覆われる湿原のような、フィンランドの大地を感じる一本です。

・キュロ ダークジン 42.6%
アメリカンホワイトオークの小樽で約3か月の熟成。夏の牧草地の花々の香りとともに、オークとオレンジの香りが漂う。

・キュロ ピンクジン 38.2%
ストロベリー、リンゴンベリー、ルバーブ、バニラをメインボタニカルに18種類使用、少量の砂糖を配してバランス良く仕上られる。

  • 株式会社ホスピタリティバンク代表取締役 ホテルバーテンダーから料飲支配人、新規ホテル開業準備室長、運営などをてがけ26年間ホテルに勤務。2008年より株式会社ホスピタリティバンク代表取締役に就任。バー開業コンサルティングなどを手がけ酒類関連団体の顧問、理事を歴任し国内外で講演、セミナーを行っている。ウイスキーバープロデュース・運営(2017-2019)を行う。 シャンパーニュ騎士団「シュバリエ」、ベルギービールプロフェッサー、日本伝統濁酒学博士などの称号を持つ。 2015年からは「橋口孝司 燻製料理とお酒の教室」にてセミナーの開催や、ウイスキーを愉しむイベント「ザ・シークレットバー」も銀座と西麻布にて定期的に開催している。 「ディスティラリーパッケージ1992」を皮切りに、「ウイスキーの教科書」「カクテル&スピリッツの教科書」「本格焼酎名酒事典」「ビジネスエリートが身につける教養 ウイスキーの愉しみ方」などを執筆、「世界のウイスキー図鑑」「世界のベストウイスキー」「ハリウッドカクテル日本語版」などを監修。ウイスキー、カクテル、スピリッツを中心に酒類に関する執筆・監修は26冊以上。 Webでは、「たべぷろ」にて執筆(https://tabepro.jp/author/hashiguchi) 「江崎グリコ お酒の話」を監修(https://jp.glico.com/osake/index.html)
  • https://www.hospitality-bank.com/

関連記事一覧