キーワードは12気筒でなく6気筒
クルマ好き、レース好きから一つの頂点を担うフェラーリ。同ブランドは1984年のGTO以来、その時代における最先端テクノロジーとイノベーションを極めたアイコン的モデル(スペチアーレ)を年おきに発表してきた。もちろん、一部の特別な顧客向けだが。まぁ、ある意味フェラーリはすべてが特別なロードカーといえばそうなのだけれど、よりレーシングカー、いやF1(の性能)に近いマシンがスペチアーレなのだ。
フェラーリはF1チームである。これがまず前提で、市販車はいわば「おまけ」的なモノとよく言われ、創業者エンツォ・フェラーリの名言、「クルマの価値はエンジンにある」と言うほどパワーユニットにこだわりを持つ。ちなみに創業の1947年に発表された125シリーズのエンジンは排気量が1497ccしかないのにV型12気筒だった。
こういった背景が12気筒こそフェラーリの王道と言われる所以でもある。
この伝統が初めて破られたのはディーノ206GTが発表された1967年。ディーノはエンツォの正妻の息子で夭折した彼の名前。ディーノが生前携わったエンジンがV型6気筒だった。その辺りは話すと長くなるので割愛するけれど、フェラーリにとってV6エンジンは特別なモノと考えてもいいようだ。そしてその特別なモノは現代にも受け継がれ、新世代のミッドシップマシンとして登場した296GTBも6気筒エンジンを搭載する。
すべてがスーパー!
2024年10月17日。フェラーリが新たなスペチアーレモデル、F80を発表した。
車名からして特別感満載。このクルマのトピックスはたくさんあるけれどまずは「フェラーリのロードカー史上もっともパワフル」と謳う1200PS! の動力性能。SF90だって1000PSを誇った。今回はそれを上回るのだ。1200PSっていえば大型トレーラーよりもそこらへんの建設機器よりも高出力。鉄道ファンには伝わるかもしれないけれど引込線やラッセル車の動力車として活躍するDE10型ディーゼル機関車の1250PSに近い。その最高出力を実現させたパワートレインはフロントに2つのモーターを搭載し、キャビン後方のミッドにはモーターを組み合わせた3リッターV型6気筒ツインターボエンジンを載せる。このターボ技術も電動技術が使われている。
ん? この組み合わせは聞いたことがある、とお思いの方はかなりなレース通とお見受けいたす。そう、ルマン24時間レースで2連覇という偉業を成し遂げた499Pと同じアーキテクチャーなのだ。そしてロマンチックな表現ならばフェラーリはV6を開発したディノを深く愛していた、ということかもしれない。
筆者の個人的な感傷はさておき、F80には3つのドライブモードが用意されている。デフォルトであろう「ハイブリッド」、スポーツモードらしい「パフォーマンス」、そしてサーキットユースでの「クオリファイ」。またスペチアーレモデルらしく、296GTBなどでEV走行を可能にするドライブモードはクルマの使命にそぐわないとして採用されていない。パフォーマンス以上のドライブモードではサーキットコースをクルマが記憶(!)して必要な区間になった時だけよりパワーを引き出すブーストオプティマイゼーション機能がある。そんな高速走行を支える空力もさすがで、可変式なエアロパーツとエアロダイナミクスボディは250km/hで1050kgのダウンフォースが発生するという。空力を優先させた結果、サイドスカートの一部まで持ち上がる複雑な構造を持つシザードアは機能美ってやつだろう。
F80のインテリアはすごい。2シーターといえばそうなのだが、「1プラス」と名付けられたコンセプトはルマンを疾走するマシンに、助手席をつけたような雰囲気。F1マシンのクローズコクピット版ともいえそうだ。発表によるとあえて助手席を目立たないようにデザインしたという。
レーシングカー直系のマシン、799台のみの限定生産。価格は360万ユーロ。原稿執筆時は1ユーロ164円なので、ざっと……6億円を下回るくらいです! しかしながら。フェラーリがこうして発表する時はスペチアーレモデルは完売に近いのも事実。それだけスペチアーレモデルは人気があるということで、歴代のモデルは下記の通り。
288GTO
オフィシャル的にはGTOになるのだが、ファンとしては288GTOと呼びたい。まぁ1962年からの250GTOと区別する意味もあるけれど。開発当時の「なんでもあり!」的なWRC・グループBへの参戦を視野に開発されたエボリューションモデル。ベースは308。
パワーユニットも308の3リッターV8が基になっている。GTOに搭載するにあたってより高回転化できるようにエンジンのボアを短くし、ツインターボで武装した結果、405PSの最高出力と50.6kg-mの最大トルクを持つにいたった。当然ボアが小さくなっているので排気量も3リッターから2.8リッターへダウン。この排気量と8気筒エンジンは288のネーミングの由来に。
これだけ気合の入ったモデルに仕上がっているのだが、早々にグループBがなくなってしまったため、実戦投入はされなかった。この「実戦投入なし」のエピソードもファンを惹きつけているのだ。それにしても308ベースとはいえワイドボディ化され、直立のドアミラーなど戦闘的な雰囲気の中にフェラーリのエレガント性も加味されカッコ良すぎな一台。1984年デビュー。
F40
フェラーリ創立40周年を記念したスーパーウェポン。フェラーリの「公道を走れるレーシングカー」の理念をそのまま実現したモデル。マニア的にはF40誕生前史として5台のみ開発用として作られた288evoというのもあるが、そこまで話すと大変な時間を要するので割愛。
でも少しだけ触れると288evoは288GTOのエンジンF114Bを改良し、F114CR(530PS)、F114CR2(650PS)の2つが作られた。CRがF40へ、CR2はF40のモータースポーツ用として進化していく。
さてF40である。スーパーカーの王道中の王道として君臨し、ピニンファリーナデザインのレーシングカーともいえ、美しカッコイイ。
発売当時の日本はイケイケのバブル経済真っ只中で街中でも見る機会があった。そのオーラの半端ないこと。紅白の衣装で大御所、小林幸子が歩いている以上のオーラがある。
今でこそ最高速300km/hオーバーを謳うモデルが多いが最高速「公称」320km/hを誇った。搭載されるV8エンジンは日本のIHI製ターボを2基使い、3リッターの排気量から478PS、58.5kg-mのスペックを誇る。
創始者でもあるエンツォ・フェラーリが生前最後に発表会でプレゼンテーションしたモデルとしても著名で数々の伝説も含めやはりスーパーカーなのだ。
筆者、少しだけ動かしたことがあるが、クルマのオーラに飲まれ、激重なクラッチとありがたいV8のサウンドしか記憶になく、モノ凄いクルマだった。1987年デビュー。
F50
フェラーリ社設立半世紀を記念したスペチアーレ・モデル。曲線を多用したオトナのボディデザインは賛否あり、満場一致的カッコよさはF40の方が上かもしれないが、後の360モデナなど固定式ヘッドライトのデザインスタディなのかもしれない。
F50はメーカーが「ごく限られたオーナーがF1体験を完璧に公道で再現可能」と謳うほどメカニズムはF1そのモノ。例えばエンジンは1990年にプロストで5勝、マンセル1勝をあげた641/2の3.5リッターV12がベース。
そのパワーユニットを公道での扱いやすさを考慮して排気量を4.7リッターまで拡大、スペックは520PS、48kg-mを誇る。エンジンやスペックもスーパーなのだが、カーボンモノコックのフレームにエンジンとミッションをボルトで直接取り付けたり、リアサスもそのエンジンにジカ付けしたりと作りもまんまF1! なのだ。またキャビンの位置が前の方に見えるのはエンジンはおろか、その補記類もリアのオーバーハング上に配置しないチョー本気度の高いマシンに仕上がっている。そして3ペダルの6MTを採用した最後のスペチアーレになっている。1995年デビュー。
エンツォフェラーリ
2002年の創業55周年を迎えたフェラーリが世に送り出したスペチアーレモデルがエンツォフェラーリ。正式な車名は「フェラーリ・エンツォフェラーリ」というのだが、あえてブランド名を付けずに、いやつける必要がないほどフェラーリ濃度が濃厚なクルマ。
フェラーリはF1チームゆえ市販車はある意味「おまけ」なのは創業以来だが、その「おまけ」のF1度合いの差こそあるモノのどれもF1の香り貸し、スペチアーレモデルはそれが特に濃い。
12気筒以外はストラダーレと呼ばないと言った創始者に敬意を込めて搭載されるパワーユニットは伝統のV型12気筒。この660PS、657Nmを誇るエンジンはF140型と呼ばれ、65度のバンク角を持つ。技術面からすれば12気筒ならバンク角60度が理想といわれているがあえて65度を採用。この65度のバンク角は1950年代のディーノに搭載されたV6あたりから始まっており、筆者の勝手な想像だが夭折したディーノを愛している証と言ったらロマンチックかも。
なおこのF140シリーズのエンジンはその後のスペシャルモデル、599GTBフィオラノやF12ベルリネッタ、812スーパーファストや話題のブランド初のSUVプロサングエにも受け継がれている。ミッションはF1のイメージそのままに6速のシーケンシャルミッション。これはいわゆるATモードを持っていない。
デザインはピニンファリーナなのだが、デザイナーは日本人の奥山清行氏(ケン・オクヤマ)による。エアロダイナミクスはF1の技術が惜しみなく注ぎ込まれ、市販車ながらも300km/hでのダウンフォース最大値は775kgという。
ラ・フェラーリ
2013年のジュネーブショーでエンツォフェラーリの後継モデルとしてデビュー。F1に近いクルマを作るのがスペチアーレモデルの通例。ラ・フェラーリも例外ではない。当時のF1マシンに採用されていたモーターアシスト機構であるKERSシステムを市販車用にしたHY-KERSシステムを搭載、ブランド初のハイブリッド技術搭載車になる。パワートレインは2つのモーターと800PS、700Nmを破棄する進化したF140型のV12エンジンの組み合わせでシステム最高出力は963PS、900Nmのスペック。なおフィオラノのテストコースでは当時のフラッグシップF12ベルリネッタよりも3秒以上速かったという。
デザインはピニンファリーナではなく、社内で描かれている。それは330P4や312Pといった60年代のスポーツプロトタイプカーを彷彿させるモノ。