
テレビドラマの脚本家という夢を掴んだ主人公が偶然出会った女性に翻弄された挙句、奈落の底へと突き落とされる映画『ありきたりな言葉じゃなくて』。予期せぬ人生の“つまずき”から全てを失った主人公だが、物語は言葉がもたらすものを通して、人の痛みに対して無自覚でいることの怖さと愚かさを痛切に描いていく。ヒリヒリとしたリアリティ溢れるタッチながら、観終わったあと不思議な余韻を残す作品だ。
主人公の運命を弄びながらも、どこか影のあるミステリアスな人物として存在感を放つヒロイン・“りえ”を演じたのは、三池崇史監督作品『初恋』で鮮烈な印象を与えた俳優・小西桜子さん。非常に難しい役柄を繊細に演じて、人の痛みに鈍感な主人公の挫折と成長を際立たせた。言葉が持つ重みをテーマとした本作だが、小西さんに好きな言葉をお聞きしたところ、座右の銘として「脱皮しない蛇は滅びる」を発表!? その真意とは?
文/今井あつし 写真/熊谷義久 ヘアメイク/伍島琴美(Kotomi Goshima) スタイリスト/阪上秀平

32歳の藤田拓也(前原滉)は売れっ子脚本家・伊東京子(内田慈)の後押しを受け、念願のテレビドラマの脚本家デビューが決定する。夢を掴み、浮かれた気持ちでキャバクラを訪れた拓也は、そこで出会った“りえ”(小西桜子)と意気投合。ある晩、りえとのデート中、拓也は泥酔してしまう。翌朝目を覚ますと、そこはホテルのベッドの上。数日後、りえの”彼氏”だという男・猪山衛(奥野瑛太)が現れて、強引にりえを襲ったという疑いを掛けられて高額の示談金を要求。拓也はスキャンダルを恐れるあまり、その要求を受け入れてしまう。


●ミステリアスなヒロインを演じるにあたって
——小西さんが本作に出演された経緯から教えてください。
今回オファーをいただいた時点で、すでに主演が前原滉さんに決まっていたんです。それまで前原さんとご一緒したことはなかったんですけど、非常に信頼できる役者さんですので、是非ご一緒させていただきたいと思いました。
テレビ朝日映像さんが初めて手掛ける劇場作品ということもあって、クランクイン前から前原さんは長い時間を掛けて監督と話し合いをされていて、私も衣装合わせの段階から役作りについて意見を出し合いました。答えがすぐに見つかるような場合でもキチンと話し合いの時間を設けていただいて、スタッフさんたちは常に真摯な態度で接してくれました。
——小西さんが演じるヒロインの“りえ”は物語が進むごとにいろんな顔を見せるミステリアスなキャラクターです。小西さんご自身はりえという役をどのように捉えましたか?
りえは重要な人物ですけど、物語の性質上、どうしても前原さん演じる拓也の視点で描かれる部分が多くて、りえの本心が作品の中で分かりやすく描かれるわけではないんです。しかも拓也からすれば、物語が進むごとにりえは悪い人として映ってしまう。だから、物語とは直接関係ない場面でも責任を持って演じなければいけないと思いました。
だけど、りえには拓也には伺い知れない事情がある。物事って「良い・悪い」だけでは判断できない面がどうしても生じます。人間が生きていれば、他人には理解し得ない部分も絶対に出てくるので、そこを否定するのではなく、共感を持って演じたいと思いました。

小西桜子さん演じるりえ。主人公の拓也と偶然キャバクラで出会い、その後、ある晩をきっかけに拓也を窮地に追い込む。小西さんは複雑な人物像であるりえを演じるにあたり、監督や拓也役の前原滉さんとかなりディスカッションを重ねたという。
●前原滉演じる未熟な“拓也”との関係

NHK連続テレビ小説『まんぷく』(18年)やNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22年)などで独自の存在感を発揮。個性派俳優として注目を集めている。
——主演の前原さんと初めての共演ということですが、前原さんのご印象はいかがだったでしょうか?
前原さんは本当に素晴らしくて、この映画でも拓也という人物に真剣に取り組んでいます。芝居の理解を深めていく過程で、監督と何度もディスカッションを重ねられている姿が印象的でした。ちゃんと意見を口にして、自分の考えを周りに伝えていく。その時の言葉が非常に的確なんですよ。
それでプライベートでも普段からファッションセンスが高くて、同時に冷静さも兼ね備えている。そういった二面性がバランス良くて、どこまでもカッコ良い役者さんでした。
——前原さんご本人は魅力的な方ですが、この映画で演じる拓也は少しデリカシーに欠けて、他人の痛みに鈍感な人物です。小西さんから見て拓也はどのような印象でしょうか?
拓也は自分のことばかり考える人間に見えてしまうけど、やっぱり人と人は違っているのが当たり前で、拓也には拓也の容量がありますから。女性から見れば、そういった未熟の部分でイラっと感じる人もおられるでしょうけど、そこがすごく人間らしいというか。
良い言い方をすれば、人間臭いところが等身大の魅力に繋がるとも言えますが、そういった部分で知らないうちに人を傷つけてしまっている。けれど、人間って誰しもそういった部分は多少なりともあると思うんです。
——そういった拓也に対して、最初は優しかったりえが豹変して、拓也を窮地に追い込みます。
私の視点ですけど、りえは感情がまとまっていないんですよね。自分でも気づかず衝動的になっているところがある。この映画でのりえは、全て自覚してやっているわけではなかったとは思っています。私はなるべく自分の加害性を自覚していきたいという気持ちが強いので、りえのそういった部分は完全に理解はしなくてもいいのかなと思って、あくまで等身大の女の子を意識しました。
また拓也との最初のデートシーンは2人とも屈託のない感じなので、前原さんのアドリブもあって、私もどちらかと言うと素の状態で演じました。その中で今後の伏線となるように拓也に何か引っ掛かりを与えるところがあるので、その匙加減は工夫しましたね。

拓也の実家は昔ながらの中華料理店。常連さんとのやり取りが描かれるほか、あるタレントがロケに訪れる場面も。本作は随所に町中華の魅力も散りばめられている。
●座右の銘は「脱皮できない蛇は滅びる」

——本作は言葉が持つ重みを改めて考えさせられる内容となっています。小西さんは言葉に対して非常にこだわりがあるとお聞きましたが、好きな言葉を教えてください。
う~ん。座右の銘でも良いですか? 実は中学生の時に国語の教科書に掲載されていたニーチェの言葉「脱皮できない蛇は滅びる」をずっと座右の銘にしているんです。強烈なインパクトがありますけど、私の人生観に強く影響を与えて、何か迷った時はいつもその言葉を思い出しています。
やっぱり蛇が脱皮するように、人も変わっていくのが自然の摂理というか。停滞したままでいると、いつの間にか死に繋がってしまうような気がして。常に成長していかないといけないと思っているんです。
●一筋縄ではいかないヒロインを演じる
——小西さんはや三池崇史監督『初恋』(20年)や内山拓也監督『佐々木、イン、マイマイン』(20年)などでも、一筋縄ではいかない人物を演じられてきました。小西さんご自身はそういった役柄をどのように受け止めていらっしゃるでしょうか。
自分で言うのも何ですけど、そういう役柄でキャスティングしていただいたということは、そういった役柄に通じる何かが自分から出ているんだろうなと。だから、雰囲気だけで演じるということをせずに、しっかり中身を詰めて演じようとは思ってます。
それにお芝居を始めてから、ここ2、3年で演じる役が変わってきたように感じるんです。以前はエキセントリックではあっても性格そのものは素朴な役柄が多かったんですけど、最近は人の心の奥底に蠢くもの、底知れぬ何かを秘めた役を演じることが増えてきた。特に本作は1年振りの映画出演で、私が演じた“りえ”はまさにそういった役柄でしたので、役者として「ちょっとずつ成長しているんだ」と手応えを感じました。
——ちなみに、テレビと映画とでは芝居に対するアプローチは変わってきますか?
テレビドラマと言っても、私は今までシリーズものでレギュラー出演したことはそれほど多くなくて、単発ドラマか、もしくはシリーズものに1話限りでゲスト出演する方が多かったんですよね。その中で「どういった表現をして、芝居の中でどのような印象を残すことが出来るのか」と模索しながらの参加になりますので、常に緊張感が伴います。
それに対して映画は作り方そのものが異なって、長い時間を掛けて打ち合わせを重ねて、キャスト・スタッフが作品の理解を深めていく。そうやって話し合える機会を多く設けてくださるので、ドラマと比べて、より「みんなで一緒に作っていく」感覚がありますね。

●命を削るような役をやりたい
——小西さんがこれから演じてみたい役柄を教えてください。
本当に自分自身と向き合って命を削るような主演作をやりたいです。そのためには「その役を任せられるだけの価値のある役者」だと認知してもらわないといけない。まだまだその地位には達していないですね。
それこそ、こういったインタビューで「自分の代表作」について質問を受けても、自分の中で「これ」と言える作品がないんですよ。いろいろとヒロインを務めさせていただきましたが、主演作はほぼないですから。それがすごくコンプレックスなんです。ゆくゆくは「この作品で私は主人公として自分の全てを出し切りました」と胸を張って答えることが出来て、さらに観客や批評家からも評価が高い作品を作っていきたいです。
——まさに「脱皮しない蛇は滅ぶ」の精神で日々頑張っておられるんですね。最後にこれから本作をご覧になられるファンの方にメッセージお願いいたします。
『ありきたりな言葉じゃなく』は本当に人間臭くて、人のどうしようもない部分がありありと映し出されるので、人によって受け取り方がそれぞれ異なる作品になっていますね。
映画はハッピーエンドともバッドエンドとも言いかねぬラストを迎えますが、だからこそ、自分の人生に持ち帰った時に人との関係について改めて考えるキッカケになるのではないかと思います。前向きでなくてもいいですけど、現状から一歩踏み出す勇気を持てる作品になっていますので、ご覧いただければ嬉しいです。


小西桜子さん・プロフィール
1998年3月29日生まれ。埼玉県出身。応募総数約3,000人の中から映画『初恋』(20年)のヒロインに抜擢され、注目を集める。『佐々⽊、イン、マイマイン』、『初恋』、『ファンシー』(いずれも20年)の演技で、第42回ヨコハマ映画祭 最優秀新⼈賞を受賞。近年には『猿楽町で会いましょう』(21年)、『はざまに生きる、春』(23年)、『僕らの千年と君が死ぬまでの30日間』(23年)など多数の映画に出演。またドラマ『スイートモラトリアム』(23年)、『御⼿洗家、炎上する』(23年/Netflix)などにも出演。今後、来年1月11日スタートのドラマ「風のふく島」(テレビ東京系)、1月14日スタートのドラマ「まどか26歳、研修医やってます!」に出演する。

今井あつし(いまい・あつし)
編集・ライター。『映画秘宝』本誌とnoteで『侍タイムスリッパー』関係者のインタビューを担当。批評家・切通理作のYouTubeチャンネル『切通理作のやはり言うしかない』撮影・編集・聴き手を務める。

【公開情報】
映画『ありきたりな言葉じゃなくて』は12月20日(金)から全国公開
