写真と文/モノ・マガジン編集部
ソビエト連邦崩壊から30年を超えその「ソビエト」というワードそのものが教科書の中の存在となって久しい。ソビエト連邦はかのレーニンが指導者となり成立した共産主義国家で、成立は1922年。その位牌を継いだスターリンが1953年に亡くなると、以後、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフなどが書記長を勤め、ゴルバチョフ時代に行われたグラズノスチ(情報公開)とペレストロイカ(改革)をきっかけとして遂に1991年、連邦の崩壊に至った。
ソビエトを中心とする衛星各国については、共産趣味と称するコミンテルン時代のデザインに魅かれる愛好家も存在する。現在でもベルリンの旧東ドイツ地域には、あの頃の東ドイツの暮らしやデザインを懐かしむ、グッズショップがあるくらいだ。
さてそんな共産趣味人類にとってもなかなか「グラズノスチ」のいき届かなかった分野が、ダーチャである。
ダーチャは、ソビエト時代の小屋とコテージのことで、都市市民の所有する郊外の別荘や農園を指す。別荘などと書くと、それはつまり金満家に限られた贅沢だろうと想われるだろうが、さにあらず。調査によれば、1990年代のサンクトペテルブルク市民の約8割はダーチャを所有していた。土地の広大なソビエトのこと、電車で向かう郊外には、手に入れることのできるセカンドハウスとして、ダーチャが膨大に建てられたのだ。
このダーチャが消えつつある。その状況に恐れと悲しみ、また責務を感じた1982年モスクワ生まれの写真家フョードル・サヴィンツェフ氏と、ロシア好きの英国人作家アンナ・ベン氏によるフォトエッセイ集が本書である。
2歳で初めて家族のダーチャをおとずれたサヴィンツェフ氏にとって、ダーチャは幼少期の冒険の舞台として記憶されている。そのダーチャが、あるものは消失し、あるものは放棄され、あるものは売却される現状からスタートしたのが個人的なプロジェクトとしてのダーチャの記録である。
ただし近年、より若い世代、ソビエトを知らない世代によるダーチャへの関心の高まりがみられるという。その復元やカフェ、アトリエとしての活用、またダーチャで時間を過ごす人生というスタイルへの評価。氏はその復元プロジェクトにも関わり、より積極的に、あの頃のダーチャの新生に関わっている。
これはある意味、日本における、古民家のリノベーションに近い感性かも知れない。つまり木造より鉄筋、戸建てよりマンションが進化のすがたと感じた世代とは異なる、古民家を先入観なく感じることのできるニュータイプによる、建築としての新創造である。
全240ページ。むろんフルカラーで次から次へと登場するダーチャの洪水を見ていると、それだけで、心はユーラシア大陸の西、はたまた欧州の東へと飛ばされる。共に働き、共に糧を得て、共に文化的で豊かな暮らしを暮らすことを目指した共産主義国家ソビエトの、まさしく、都市生活者のゆとりあるライフスタイルの象徴とも言うべき存在がダーチャである。ダーチャにいま、新たな眼差しが注がれているのは、これは、時代の大きな、そして当然の巡り合わせなのかも知れない。
『ダーチャ 失われゆくソビエト時代の小屋とコテージ』
グラフィック社刊
価格2700円+税
A4変形/240ページ
写真:フョードル・サヴィンツェフ、エッセイ:アンナ・ベン