FLIGHT JACKET ミリタリーラベルの研究

高高度の空を飛ぶだけでも大変なのに、敵とも戦わなければならないパイロットたち。彼らのために開発されたフライトジャケットには惜しみないコストがかけられていながら、ラベルの表記は驚くほどシンプルで、まるで「つべこべ言わずに黙って着ろ」とでも言わんばかりだ。寡黙な中に絶対の自信を秘めたラベルの数々を格好良いというだけではあまりにも芸がない。その読み方を知ればひとつひとつのジャケットに込められた思いが浮かびあがる。

構成/ワールド・ムック編集部 文/鈴木健太郎 写真/WPPアーカイブ

限られたスペースの中に必要な情報が凝縮されたラベル。それは軍が開発に全力を注いだことを示す品質保証書であると同時にフライトジャケットのアイデンティティーでもある。

ジャケットの素性を示す唯一の手掛かりであるラベル。この小さな布切れがどれだけ重要かは管理する側の立場を考えればすぐに分かる。

パイロットにとってはジャケット=フライトジャケットなのは言うまでもないが、支給する軍からすれば歩兵用、船員用、さらに晩餐会用など気が狂いそうなほどの種類があるジャケットの中から手際よく目当てのものを見つけなければならないため、ラベルの重要性は民間用の比ではない。

フライトジャケットのラベルにはサイズ、メーカー、といった市販のジャケットにも見られる表記のほかに、ストックナンバーが記されたものがある。このナンバーを見れば、ジャケットの型式だけでなくサイズまで分かるようになっているので、管理上のミスはそうそう起こらない。

もっとも注目すべきは「U.S.PROPERTY」という表記で、背中にド派手なペイントが施されていたり、無数のオリジナルパッチが付けられていたりしてパイロットの体の一部と化してしまったジャケットも本来は貸与と返納を前提とした軍の所有物であることを思い出させてくれる。国の予算で製造されたことを示すコントラクトナンバーからは製造年を割り出すことが可能なためコレクターはこのナンバーの解読に血道を上げ、横流し業者はこの部分だけ黒く塗りつぶして、いつの在庫分かを分からなくさせている。

軍への納入メーカーが製造する市販のフライトジャケットには軍用そっくりのラベルを付けて、その品質に説得力を持たせる例まであり、フライトジャケットがフライトジャケットたる所以は、そのラベルにあるといっても過言ではない。

パイロットをより快適に飛行させるために作られたテストサンプルには専用のラベルが付けられている。

ラベルには日付、サイズ、パイロットの階級と名前を示す欄があり、テストが終了するとパイロットの意見とともにこのジャケットは必ず返納され、後の改良に反映されるようになっている。

最新の技術と経験に基づいて、フライトジャケットの改良は驚くべきペースで行なわれ、MA-1だけでも「MIL-J-8297」に始まり「8279A」「8279B」そして最終型の「8279G」と7回も仕様変更されている。

高高度の空は我々の想像をはるかに超えた世界で、爆撃機のパイロットが口に放り込もうとしたガムが一瞬で凍り付き、口の中が血だらけになったという第2次大戦時のエピソードを聞くと、どんなに些細な事でもテストが必要なことが分かる。

パイロットの名が記されたテストサンプルのラベルはその一つ一つが未知への挑戦の証である。

フライトジャケットの開発と改良は飛行時、緊急脱出時、地上でのサバイバルなど、あらゆる状況を想定して行なわれる。

官給品と同じディティールを備えたMA-1のテストサンプル。ラベルの日付欄には「4-15-54(1954年4月15日)」と記されている。MA-1の特徴のひとつであるオレンジの裏地は1960年代になってから導入される。

ライトゾーン用ジャケットL-2Aのテストサンプル。後の制式品とは酸素マスク用のボックスタブやニットの色、ファスナーに違いが見られる。テストサンプルは正確な結果を得るために着用者にぴったり合ったサイズで作られる。ラベルのサイズ表記は官給品には見られない39や45など奇数の場合もある。

ステンシルで記されたラベルは一見テスト用にしか見えないが、ストックナンバーの表記があり、れっきとした官給品であることが分かる。

非常に珍しい手書きのラベル。「T.O.14P3-10-501」は改修の手順を記した仕様書を示し「T.O.」は「Technical Order」の略である。

ボア襟を備えていたB-15はハードヘルメットの採用によってニット襟に変更され、新しいラベルが付け加えられた。「MOD」は「MODIFIED」の略で、このジャケットが軍によって改修されたことを示す。

上はテストサンプル用のラベルのバリエーション。

B-15の開発と改良はジェット戦闘機の実用化、アメリカ空軍の創設、さらに音速突破と、大きな変化が立て続けに起こった時期に行なわれ、初期型と最終型ではまったく見た目の異なるジャケットになっている。初の布製ジャケットであるB-10の流れを受け継ぎ、MA-1にバトンを渡した後も活躍を続けたB-15はラベルにもさまざまな表情がある。

酸素マスク用のタブを備えたB-15AはB-15の採用から1年も経たないうちに登場した。ライニングはB-10以来変わらないアルパカとウールの混紡で、ラベルの周囲に毛足が見えている。

表地がコットンからナイロンに変更されたB-15Bのラベル。レーヨンの裏地が追加され着心地が良くなり、見た目にも大きく変化している。

空軍の創設に伴い、色がオリーブからエアフォースブルーに改められたB-15C。慰問に訪れたマリリン・モンローが着たことでも有名なこのジャケットは現在でも根強い人気がある。

最終型であるB-15Dのラベルはストックナンバー、サイズ、納入メーカーなどすべての表記がはっきり見える。後のMA-1ではサイズ展開がインチからS、M、Lへと変更される。

B-15Dが空軍のシンボルカラーであるエアフォースブルーから、セージグリーンに変更されたのは、不時着したパイロットを敵に発見されにくくするためだった。以降、この色はフライトジャケットの標準色となる。

同じくB-15Dを着たパイロット。襟のボア以外はMA-1とほとんど違いがないのが分かる。B-15のニット襟への改修はすべてのタイプで同時に行なわれた。

軍隊ではどこの部隊にも手先の器用な兵士が何人かいる。彼らが腕によりをかけてカスタムしたジャケットは、ラベルの“U.S.PROPERTY”という表記を尊重しているとは言えないが、軍は彼らの仕事ぶりやパイロットの過酷な任務に免じてたいてい目をつぶっている。

ブラッドチットは当初、背中に縫い付けていたのだが、敵の目に触れると逆効果を及ぼしかねないためジャケットの内側に変更され、その後ポケットに収納することになった。1942年4月に活動を開始した第14空軍第374爆撃航空隊のA-2(カラー写真)とアメリカ参戦前から中国を支援していたフライングタイガースのA-2(モノクロ写真)は以下に紹介するブラッドチットに似たものを異なる位置につけている。

パイロットはその養成に歩兵の何倍ものコストがかかり、最新の軍事テクノロジーにも通じているため、不時着した際には敵と味方が血眼になって探し回る。

ブラッドチットは現地の住民、あるいは忠誠心に欠けた敵兵にパイロットを捕らえるよりも保護した方がよいと説得させるために、軍が用意したパイロットの身元保証ラベルというべきもの。

英語の通じない異国の地では、どんなサバイバル用品よりも効果を発揮するであろうブラッドチット。もちろん使う機会がないに越したことはないが“何があろうと生還させる”という軍の思いはそれだけでパイロットを安心させる。

メッセージは想定されるあらゆる言語で記されていて親切な事この上ない。

パイロットがブラッドチットを取り出す仕草は銃を抜くのと勘違いされる危険があり、ロシアではとくにその恐れが高い。このブラッドチットには「私はアメリカ人です」という意味のロシア語がキリル文字のほかにローマ字でも記されているので、あらかじめ読んでおけば運悪く広げる暇がない時でも役に立つ。

ブラッドチットは時代や戦域によって実に多くのバリエーションがある。朝鮮戦争直前の1949年に作られた物は朝鮮語のほかに、中国語、ロシア語、チベット語、日本語、さらにフランス語など7つの言語でメッセージが記され、第2次世界大戦時のCBIと呼ばれる中国、ビルマ、インド戦域用には16もの言語が併記されているが、ソ連上空での飛行を想定したブラッドチットには英語とロシア語の表記しかない。

形式名、サイズ、ストックナンバー、etc……数々の情報が整然と並んだラベルには独特の美しさがあり、フライトクロージングの一番の魅力である機能美はラベルにも当てはまる。70年代以降は織り出し式に代わって印刷式が主流となるが、ラベルが持つ重要な役割はまったく変わらない。

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