銀座の名をかぶせた繁華街はいくらもあるが
海兵隊銀座はそうはない。
いま、街は明確だった輪郭線を失い
光りのなかで、ただ立ちつくしている。
雨と風と、あらがえない時間に洗われて
建物そのものと、そこに直描きされた看板から
色彩が抜け出ていってしまった。
Photo/T.Mizuno, K.Inoue, K.Kawamura, K.Imai
歩き出すと潮の匂いもいっしょに動く。
ここから直接、海を見ることはないが
丈の低い街のすぐ背後は、もうひたひたと海なのだ。
街は人影を忘れてしまいそうになる。
建物にも人の気配はない。
看板建築そのものの家がある。一方、そうではない家では、
屋根や入口など外部に向けたどこかしらを洋風にしようとしている。
看板にアルファベットの文字が入っているのは、
その方が格好がいいからではないし、
新しそうな気分がするからでもない。
単に実用に合っているからだ。
看板の役割どおり、それが目的に合っている。
辺野古社交街の一画は、キャンプシュワブからすぐである。
「社交街」とは妙に礼儀正しい呼び名だ。
どこか座りが悪くて、ちぐはぐな響きがする。
その根元に「アップルタウンの由来」を記した案内板が出ている。
「辺野古の村を見下ろす50エーカーの土地を開発」することで
開かれた場所がこのアルファベット看板が上がる街になっていた。
ここはキン。ある意味、
他己紹介から始めるべきだろう。
金武町と書いて「きんちょう」と読む。
この読み方からして、おぼつかないからだ。
沖縄本島の北部に位置し、国頭郡に含まれる。
こちらは「くにがみぐん」である。
煩雑だが、いちいち知っておきたい。
金武の町と背中合わせの恩納村以北の島の
先端にあたる部分が山原だ。
そう、ここでのスターは、あのヤンバルクイナだ。
手つかずではないにしろ、それだけ自然が、
多く残っているのだろう。
国道329号線の上にいる限り、
実感は遠いのではあるが。
ゲート1の向こう側であるキャンプ ハンセンには、アメリカの第12海兵連隊の司令部が置かれている。駐留するレザーネック、海兵隊員はおよそ6000人。沖縄県内最大規模の実弾射撃演習と、市街戦を想定した都市型訓練施設を持つ。アメリカ陸軍の特殊部隊、グリーンベレーもそこで訓練を行っている。
ゲートから出てくる海兵隊員は、軍に入るまで、海を見たこともない州の出身者が少なくないはずだ。彼らは原則私服着用。単独行動をする隊員はいないはずだ。バディシステムという呼び名はないが、二人で行動することになっている。互いの抑止力になれということか。沖縄は、海兵隊員にとって人気の休暇先である。食べ物がうまい、遊べる、それにタトゥーの技術が高くて、安くて、きれいだと評判だからだ。
金武町の半分以上は、キャンプ ハンセンが占めている。アメリカ海兵隊の基地である。金武の町の社交街は、基地のゲート1前の道路、国道329号線を渡ったところから広がっている。エリア的には、信号3つ分のブロック内に収まる。奥行きとしては、国道と並行な通りが2本ある程度と把握しておけばいい。つまり、上下左右のエリア内を歩き回れる。バーホッピングはやりたい放題というわけだ。ところで、真っ青な空の下では素顔が露わになって、気の毒なほどだが、夜が降ってくれば、こっちのもの。社交街本来の輝きを取り戻す。その現役感は、昼間の街の空気にもたっぷり流れている。
キャンプ ハンセンのゲート1からまっすぐにつづく通りの突き当たりに「クラブ シャングリラ」がある。毎月1日と15日のペイデー、つまりアメリカ軍の給料日後の金曜日夜が一番、賑わう晩になる。
キャンプ ハンセンに限ったことではないが、ゲート周辺にはアメリカ軍による警告板が掲げられている。第1に必ず言挙げされるのは「立入禁止区域」を示す警告板である。言葉づかいは丁寧。鎧はハード。「この地域は司令官の命により立入禁止区域に指定されていますので、無断で立入ることはできません。この地域に入る人および車輌ははすべて、検査をうけなければなりません。この地域内の活動状況を撮影したり、メモをとったり、写生したり、或いは見取図を描いたりすることは禁じられています。無断で前記の行為をなした場合は没収することになっています。」