すべてはイタリアから?
クラシック音楽の舞台がイタリアから始まっていることは、音楽史を勉強した方以外にとってジツは知られていないことが多いという。クラシック音楽の区分けで言うところのバロック期の初期はイタリアだった。アルカンジェロ・コレッリやニコロ・パガニーニ、アントニオ・ヴィヴァルディなど名前を挙げれば聞いたことのある音楽家が多いはず。また楽譜を始め、音楽用語もイタリア語が多い。
背景は今も使われる楽譜の5線譜が定着したのがイタリアだからとか、当時の音楽は貴族か教会音楽でトップの教皇庁がローマにあったとか何れにしてもヨーロッパの音楽の中心がイタリアだったのだ。
そして、国際格式のモータースポーツとしてもっとも古い公道レース「タルガ・フローリオ」の舞台もイタリアだし、その過酷な競技の勝者もイタリアンメーカーが多い。芸術といいモータースポーツといい情熱の国たる所以かもしれない。
名門マセラティの最新作
本誌952号は「クルマのソコヂカラ」としてクルマを大特集! そして編集部マチャアキと街に乗り出したのがイタリアの名門、マセラティのオープンカー、グランカブリオだ。

マセラティといえばイタリアの伊達男御用達ブランド。創業は100年以上も前の1914年。当初はレーシングカーしか作っていない生粋のレーシングコンストラクターでもあった。
ブランド初のロードカーは1947年に発表されたA6 1500。車名の通り1500cc直6エンジンを搭載し、ボディはピニンファリーナ製の流麗なモノ。そしてこのA6をベースにしたオープンモデルのプロトタイプが1台製作された。


レーシングカーしか創ってこなかったマセラティにとってロードカーのプロジェクトでさえオープンモデルは当然の成り行きだったのかもしれない。またユニークなことに、このプロトタイプはカブリオと呼ばれているが、代々のオープンモデルはスパイダーないしコンバーチブルを名乗っている。
さて、グランカブリオである。国内発表は2024年。車名はGT(グランツーリズモ)とオープン(カブリオレ)の造語だが、「カブリオレ」を使うところなどは前述のような基本に戻った。グランカブリオとしては2世代目となり、初代は2009年にデビュー。それはブランド初の4シーターオープントップモデルとして話題に。2000年代前半フェラーリ傘下だった頃、オープンモデルはスパイダーを名乗っていたけれど、グランカブリオはフェラーリとも決別して原点回帰という意味合いもあるのかもしれない。
時をかけるオープン?
ゴテゴテしたエアロパーツやメッキ類の縁取りも採用せずシンプルなデザインのエクステリア。あえてそういった類はボディシルエットを壊すということで採用されなかったのかもしれない。いわゆる脱ゴージャスな雰囲気で素の良さを強調している。この強調の仕方がオトナで、どことなく奥ゆかしい雰囲気がマセラティらしい。

5代目クアトロポルテから継承されるフロントフェンダーのエアアウトレットはもはや伝統の域に達したようなデザインアイデンティティになりつつある。何よりも低いノーズと独立したようなフェンダーはマセラティの時間を超えたデザイン定義だと思う。


やんごとなき奥ゆかしさ
インテリアは雅でやんごとなきモノ。その雰囲気も華美に走りすぎない境界線に落ち着かせているさじ加減はお見事! と膝を叩きたく。この加減は世界中でもマセラティしか出せない。それは生粋の本気モデルに近いMC20も同様だからやはりそうなのだ。無粋な筆者は「ああ、このクルマに似合うオトナになりたい」と乗るたびに思ってしまう。ダッシュボードセンターには円時計。一時はそれもなくなってしまうかも、とファンをやきもきさせた逸品だ。だいぶモダンになったけれどキチンとあるべきモノがあるべきところに落ち着いた。イタ車っぽい派手さの中にある品のいい奥ゆかしさ、これがマセラティ好きが愛してやまない世界の一つなのだ。


試乗車はグランカブリオのトロフェオ。ボディカラーはグリージョ・インコグニトという薄いグレー
。これが似合いまくり。もちろんベースはクーペ版のグラントゥーリズモ。

そしてカブリオレであるからして屋根はどーんと開く。5色のバリエーションが用意されたソフトトップは50km/h以下なら走行中でも開閉可能。それはウィドウの動作含めて約18秒。え? 18秒も! と思うなかれ。オープンカーは周囲にそのギミックを「魅せる」時間でもあるのだからして。MC20にいたってはリアフードに大きく書かれたトライデント(マセラティのエンブレム)を後続車に見せつけられるのだ! なお、ソフトトップの開閉はセンターのモニターから。

乗りやすいから走りやすい
シートに体を預けて、ステアリングのスターターボタンを押せばグランカブリオとのドライブ準備は完了。センターディスプレイに挟まれるようにあるシフトボタンでDを選択し、走り出す。これがすごい乗りやすいのなんの。ステアリングは軽々で、チャラく小指だけクルクル可能なほど。そういえば、ご自身もマセラティオーナーでもあったマルチに活躍するタレントのパンツェッタ・ジローラモさんも「イタリア人は重いステアリングは嫌いね。軽いほうが疲れない」と言っていたのを思い出した。確かに軽い。乗り心地もあたりが柔らかいけどピタッ! と収まるので不快どころか、こんなに乗り心地までいいんですかい? と思ってしまう。もちろんシートの出来もあると思う。
そしてこの手のクルマの天敵はパトカーと段差と相場が決まっている。前者はともかく段差は難敵だ。昔のビトルボ系や3200GTなど21世紀初頭(!)までのマセラティはフロントスポイラーをクリアしてもマフラーのどこかを擦ってしまうお約束の設計(?)になっているのだが、グランカブリオはあれだけ低く見える(実際、低いけれど)のにフロントはさほど気を使わない。同車のエアサスはフロントリフターも備わるから。余談だが通常の車高はクーペよりも10mmほど高くなっており、フロントリフターを使うとさらに25mm高くなる。絶対的なボディサイズにさえ慣れてしまえば、超絶運転しやすい。車幅もボンネットのエッヂが強調されているので掴みやすい。550PSの最高出力を持つクルマとは思えないほど快適で運転しやすい。21世紀初頭の3200GTの頃はもっとじゃじゃ馬感があって、3速でキックダウンしてもトラクションコントロールが介入してなかなか加速してくれないこともあったのに。すごいぞマセラティ!
魂の解放が可能なエンジン
グランカブリオの魅力はいくつもあるが、その一つは間違いなくV6のパワーユニットだ。フロントミッドシップに搭載されたそれの排気量は2992ccでスペックは550PS、650Nm。そして100%モデナ製。またトピックとして市販車では世界初となるプレチャンバー式を採用と謳う。詳しくは専門誌に譲るけれど、乱暴に表現すると副燃焼室を持つユニットになる。
このエンジンはネットゥーノと呼ばれ、イタリア語で海神ネプチューンを意味する。ネプチューンの手にあるのはそう、マセラティのエンブレムでもある三つ叉の矛(トライデント)だ。
ちなみにそれはブランド生誕の地イタリア・ボローニャの紋章をデザインしたモノであり、創始者が3兄弟だったことも由来しているという。さすがモノ・マガジン、勉強になる。


このエンジン、大変気持ちの良いシロモノで、最大トルクが650Nmもあるし、排気量もあるから低回転域でもトルクはある。慣れると若干低回転域のトルクが細いなぁ、などと不遜なん気持ちも芽生えてくるが、実用上はまったくの問題もない。それを知りつつもあえて1500rpmあたりを目安にパドルシフトを操作していくと低音を奏でながらも加速してくれる。組み合わされる8ATの相性も抜群なのだが。
それにしても。な、なんて気持ちのいいエンジンなんだぁ! と思うこと間違いなし。低回転域でも苦にならず、一度踏み込めば自分の意思通りに回る。その回転に淀みはなく右足次第ではレッドゾーンまで一直線。しかもその音がこれまたレーシーで何度もその加速を繰り返したくなる。そのエンジン音にも陶酔しそうだ。
高音の美しさが特長のヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスもイタリア。未確認で恐縮だけれど、その周波数とこのネットゥーノエンジンの周波数は近いとか。かような名器はもともと貴族のコレクションとして所有することに意味があり、自分では弾かない。支援者(パトロン)として庇護している演奏家に渡すモノだった、らしい。それってマセラティやん! と筆者は鼻の穴を大きくしてつぶやいたのだ。
寄り道を楽しめるオトナになりたい
名器を奏でながら走るとオープンモデルのネガをほとんど感じないボディ剛性感だから、イケイケで走って楽しくないはずがない。クーペモデル同様にFRベースのAWDを加味しても安定して速く楽しい。
グランカブリオはコンフォート、GT、スポーツ、コルサ4つのドライブモードを持つ。コンマ2秒で制御するこのドライブモードの数々、サスはもちろんステアリングの舵角、スロットル、ブレーキの開度(しかも踏力まで!)でクルマの姿勢をコントロールする。ありきたりなスポーツモードで単にサスが硬くなるだけのそこらへんのクルマと一緒にしてはイケナイ。
さらにこれだけ制御されている(はず)のに関わらず、その素振りを微塵も感じさせないから運転していて楽しい。これだけ楽しいとまっすぐ目的地へ向かいたくなくなる。一つ峠を越えて、あるいは絶景の景色を眺めてから目的地へ、そんなクルマなのだ。
青空はおまけだ!
4シーターのオープンだからさぞかし後席はオマケだろうと、思われるかもしれない。しかしそんな期待(?)はあっさりと裏切られる。よほど前席の住人がふんぞり返るようなポジションを取らない限り足元スペースは余裕。シートも多くのクルマに見られるような補助席的なサイズでもなく、後席のセンターコンソールにはUSBやカップホルダーも備わる。早い話大人4人がキチンと座って移動できる。またクローズドで走っているとクーペモデル並みに静粛性能が高いのも推しポイント。


前席には3段階の温度調整が可能なネックウォーマーが備わるので、シートヒーターと組み合わせれば「秘湯を守る会」もびっくりヌクヌクな露天風呂状態。

オーディオはソナス・ファベールのプレミアムシステム。さらにオープンモデル用に専用チューニングされたサブウーファー付。この乗り心地に快適装備の数々は1日でかなりの距離を走っても疲れ知らずのはず。屋根を開けて走ればそこには空。これはまさに借景だ。銀閣で有名な京都慈照寺では庭外の風景を景観として利用し、それを掛け軸のように活用しているのは有名。グランカブリオは日本の文化にも通じるモノも持っている。
マセラティ
グランカブリオ トロフェオ
価格 | 3120万円〜 |
全長×全幅×全高 | 4966×1957×1365(mm) |
エンジン | 2992ccV型6気筒ツインターボ |
最高出力 | 550PS/6500rpm |
最大トルク | 650Nm/3000rpm |