祝・ラジオ100周年! 各地の博物館で知るラジオの歴史(1):大阪・門真市「パナソニックミュージアム」へ

祝・ラジオ100周年! 日本でラジオ初放送が行われたのは、1925年3月22日。『モノ・マガジン』本誌では、「ラジオ100周年特集」(1月31日発売)で様々なラジオの楽しみを伝えて好評だったが、ジャスト100周年を迎えた今、「モノ・マガジンweb」でもラジオの魅力をお伝えする。

100年の間に機器のデザインも性能も進化し、聴取スタイルも変わりつつも親しまれているラジオ。原点から近年まで、多彩なラジオ機器と放送の歴史が見られる各地の博物館を巡る。

「パナソニックミュージアム」(大阪・門真市)

大阪・門真市の「パナソニックミュージアム」。ここは日本が世界に誇るブランドのものづくりの歴史を実感できる場所。パナソニックグループの創業者・松下幸之助の経営観、人生観に触れられる「松下幸之助歴史館」、パナソニックグループのものづくりのDNAを探る「ものづくりイズム館」、ソメイヨシノ190本を配した公園「さくら広場」で構成されている。

歴史に残る「新ナショナル受信機」

パナソニックグループは1918年(大正7年)、松下幸之助氏によって設立された。ラジオ放送が始まった1925年(大正14年)は同社の黎明期。時代の先端を行く電気製品であるラジオの自社開発に乗り出したのは当然といえる。そして、1931年(昭和6年)、ラジオ生産を開始した。

「初期の製品は、当時のお金で45円ですから、かなりの高級品ですが、東京放送局(現NHK)のラジオセットコンクールで一等に当選し、『当選号』という愛称で発売したのです」と大段氏。(注:当時は大卒初任給が約50円)

ラジオ普及と発展への貢献

実は松下幸之助氏が目標にしたラジオは「故障しないラジオ」というものだった。

「当時は多くのメーカーが競ってラジオを発売して一般家庭に普及しましたが、一方でラジオは故障が多い時代だったんです。松下は人々が安心して買って、長く使える品質の良いラジオが社会に必要と考えて、部品から自社で生産し、品質を徹底管理することで、故障しないラジオを目指しました。それは後の弊社のものづくりの姿勢にも繋がる、すべての伝統と基礎になっています」(大段氏)

また松下幸之助氏が、日本のラジオの発展に寄与した出来事がある。昭和初期は、米国で実用化されている特許技術を日本でいち早く登録して、特許使用料で儲けようとする「特許魔」と呼ばれる発明家がいた。

「ラジオ製造に関しても、その人物が特許権を独占している技術があり、市場の発展を妨げていました。これを憂慮した松下幸之助は、その発明家のところへ出かけ、『特許を売ってほしい』と申し出たのです。そして粘り強い交渉の末に、買い取りました。そして翌日の新聞で、その特許を公開し、誰もが無償で使用してよいと発表したのです」と大段氏。

社会と業界の発展を願っての思い切った行動は称賛を集め、ラジオ業界全体の発展に大きな貢献となったのは言うまでもない。

素材、デザイン。展示ラジオが各時代を語り掛ける

ここからは、ショーケースに並ぶ歴代のラジオの一部を紹介しよう。展示品はパナソニックグループに品質管理のため保管されていた製品に加え、販売店やユーザーからの寄贈品が集約され、膨大なコレクションとなっている。

パナソニックミュージアム

所在地:〒571-8501 大阪府門真市大字門真1006番地
最寄り駅:京阪電車 西三荘駅下車 徒歩約2分
入館料:無料
開館時間:午前10時~午後5時
閉館日:日曜・祝日・お盆・年末年始・その他
※企画展、イベント開催期間中等、開館時間・休館日が変更になる場合があります。
電話番号:06-6906-0106

パナソニックミュージアム公式サイト

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