ドイツ生まれの計時装置。数理的合理性と文化的陰影。
機械的機能性と人間学的深淵さ。明晰さと陶酔のデザイン性。
独自な世界Sinnを成立させる哲理とは。
原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。
オールドタイマーな航空機のクロムメッキが施されたタービンモーターが渋い。Photo/Shutterstock
マルティン・ハイデガーはかつてこう言った。
「技術の本質は技術的なものではない。それは、樹木の本質というものが、森にある一本の樹木そのものでないのと、同じである」。(『技術への問い』1953年)
仮にハイデガーの言うとおりなら、Sinnの本質はSinnそのものではない。こういうことになる。
これは一体どういうことか。
そもそもハイデガーの言う技術の本質とは、単なる手段そのもののことではない。
技術の本質とは、技術本体ばかりを見ていては分からない。
技術の本質とは、それを生み出そうとした発想のよって来るところ、それを製作する過程、使用される対象、そしてそれを使用する必要性と使用目的。これらすべてが「しかるべく整えられてあること」。こうしたできごとの総体こそが、技術の本質だというのだ。
ドイツの重工業を牽引したルール工業地帯の中心でもあったエッセン。産業遺産としてツォルフェアアイン炭鉱業遺産群がのこされている。Photo/Shutterstock
「水タービンの螺旋型管」。鋳鉄製。南部ドイツの巨大な水力発電所タービン用。外径5.6メートル。自重35トン。ルール工業地帯クルップ製鉄工場の作業風景。(Krupp Zeitschrift 1933-10.15)
2008年に発売された1000m防水を保証するダイバー・クロノグラフ「U1000」。またの名を「EZM6」。EZMとはEINSATZ(出撃)、ZEIT(時刻)、MESSER(計測機器)の略。
ドイツの対テロ特殊部隊の海上部隊や警察特殊部隊、レスキュー隊、消防隊など、さまざまなプロフェショナルに向けて作られたシリーズだ。
U1000は特殊構造の大型プッシュボタンを搭載し、海中でグローブを着けたままでも容易に操作が可能だ。さらにチューブレス構造を採用したリュウズとプッシュボタンをケースと完全に一体化させることで、海中でのクロノグラフ操作を可能にした。またベゼルには誤回転を防ぐ安全装置を組み込んでいる。
難易度の高いテクニカルダイビングで、わずかな時間の読み違いが生死に関わる沈没船ハンターのアンドレアス・ペータース氏は「この備えなしに潜水することはありえない。私にとって最も重要な追加安全システム、それがU1000だ」と語っている。
北海海底は巨大な船の墓場となっており、全体で5万隻もの沈没船が眠っているという。航海士にして沈没船ハンターの顔を持つアンドレアス・ペータース氏はU1000を追加安全システムのひとつとして装着している。
model U1000.EZM6
U1000のスタンダードモデル。ミッションタイマーのEZM6に位置付けられる。生産終了。
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model U1000.S
Uボート・スチールにブラックPVD加工を施したモデル。実にクールな佇まいだ。生産終了。
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model U1000.B
文字盤とストラップのブルーが特徴。ストラップはシリコン製とNATOタイプを付属。生産終了。
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model U1000.SDR
逆回転防止ベゼルのみにブラックPVD加工を施したモデル。生産終了。
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U1000.S MOTHER EARTH
ダイヤルには大胆に松本零士氏による手書きオリジナル原画を採用。価格83万5000円+税
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ペーネミュンデ歴史・技術情報センターの敷地に設置されたV2ロケット。この地は以前は陸軍兵器実験場でV2ロケットの製造プラントがあった。Photo/Shutterstock
たとえば、宇宙ロケットであれば、ロケットエンジンとかブースターとか、機械仕掛けそのものが「技術」なのではない。それは単なる手段にすぎない。
大切なのは次の一点だ。技術が手段であるかぎり、つねにそれが果たすべき目的の深層構造も同時に問わねばならない。
そもそも、なぜ宇宙に飛び立とうとするのか、それは社会的に必然的なものなのか。宇宙飛行の真の目的は何なのか。つまりはロケット打ち上げの動機、目的、社会的影響。
このように、宇宙ロケット技術を包みこむ、もっと大きな社会的文脈、歴史的意味づけ、人間学的な発想の枠組み。こうした大きな視点のもと技術を考える。
これがハイデガーの言う、技術を本質的にとらえるということである。
大量に機械式計算機を世に送り出したドイツのブルンスビガ社製。Photo/Shutterstock
ドイツのデュースブルグに建つ製鉄所を改装して造られた市民公園、ランドシャフトパークの内部。Photo/Shutterstock
ドイツ製全自動枝伐採マシン。「枝を払う鉄の猿(アイアン・モンキー)」装置。(“Popular Science 1968 May”)
水平方向のゴム製タイヤ四基で、幹をはさみこみ「木登りをする」。2.75馬力小型ガソリンエンジン内蔵の電動ノコギリである。ドイツの森はいまも機械仕掛けで管理されている。
ドイツは森の国だ。
ゲルマン族は、そもそもチュートンの深い森の民だった。グリム童話のヘンゼルとグレーテルは、奥深い森で道に迷う。哲学者ハイデガーは、森の小道を歩いて存在論を考えた。南西部の「黒い森」シュヴァルツヴァルト地帯は、環境先進国ドイツの文化的・政治的象徴だ。
ドイツの文化は、つねに森のほの暗さに彩られている。
だが、ドイツの「自然」は黒い森も、チュートンの森も、すべて完璧に道具的理性によって管理され、支配された「自然状態」にすぎない。
ドイツの森は自然ではなく、文明により完璧に管理された「自然という文明」なのである。
高山の森林伐採用「登攀する軽量ケーブル装置」。急斜面での伐採作業のために設計された特殊ケーブル式木材牽引機。ワイヤー懸架で装置本体が自走する。スイス方面山岳地帯。(Popular Mechanics, 1959 July)
アルプス山岳部における森林伐採の新旧スタイル。かつて牛で搬出ソリを牽引していたが最近はガソリンエンジン駆動の小型トラクターで木材を運び出す。作業速度が格段に上昇した。オーストリア国境付近。(PopularScience, 1951 October)
ドイツの森林では「狩猟場ゲートも自動ドア」で出入りを管理する。野生の鹿が森を出ようとすると、光電管が感知してサイレンが鳴りフラッシュが点滅して森に追い返す。(Popular Science, 1937 February)
電動ノコギリで伐採作業。ガソリンエンジン駆動式。エンジン部分は別置方式でシャフトを 介して回転運動を伝える。作業員は2人必要だった。(Scientific American, 1920 March 27.)
ベルリンのイーストサイドギャラリー(世界最大の屋外アートギャラリー)にある壁画「問題の対角線上の解決 策」。手は大いに語る。Photo/Shutterstock
時計という技術もそうだ。歴史のなかで誕生した時計。
時計技術も、おそらくは、計時するという「目的」と、計時するという行為のもつ文化的「必然性」と、金物職人の「手仕事」的技量とがあって、はじめて生みだされたに違いない。
更にハイデガーによれば、なにより人間の「手」こそが、動物の四肢とは違い、「言葉」(Wort:ヴォルト)と「存在」(Sein:ザイン)そのものが宿る本質領域である。そして時計はむろん手で扱う道具だ。
そうした時計であってみれば、たんなる機械的手段としてではなく、言葉と存在と手とを結節する道具。つまり人間にとって本質的な「技術」(techné:テクネー)として、かつてあった。
あらためてSinnの本質とは一体何か。
それは、Sinnという計時機器そのもの以上に、Sinnによってこそ計時する「目的」と、その計時行為のもつ文化的・社会的「必然性」と、Sinn製作に携わる工学士・技術者たちの「手仕事」的技量の総体のことに他ならない。
Sinnの本質を問うとは、ドイツ文化の深層構造を問うということである。
「正確に計測する若き機械工」。帝国技能競技大会における競技風景。同大会は現在の技能オリンピックに相当する全国規模の競技会。技術の継承と若い技術者層の育成を目的とした。(Energie 1938-5)
産業遺産としてはじめて世界遺産に登録されたフェルクリンゲン製鉄所。場内にはこのヘルメットをかぶった人形たちがあちこちに設置されている。Photo/Shutterstock
ボーフムに建つドイツ鉱山博物館。地下には炭鉱が再現されており、写真は採掘作業の展示。Photo/
Shutterstock
たとえばフリーランスカメラマンの腕にどんな腕時計が巻かれているのが相応しいのだろう・・・。じっさい、現場で一番多く見かけるのがGショック系ではないでしょうか。安くて正確、そしてなによりタフでカッコイイ時計であるのは誰もが認めるところであります。
Gショックを腕に巻いたカメラマンさんはなんとなく仕事もキチンと最後まで責任感を持ってこなしてくれそう・・・そんなイメージを抱きます。ほかはメタルバンドのクオーツやいわゆるチープカシオと呼ばれるシンプルな腕時計などさまざま。たまーにちょっと高そうなギラギラ時計をみせびらかすイケすかねえヤツも・・・。しかし一番イケナイのは何も腕にはめていないフリーカメラマンでしょうな。なんとなくですが、時間にルーズで責任感薄く〆切意識希薄につき大役を任せるに値せざる人物・・・そんな印象を受けていまいそうです。あくまで個人のイメージです。
・・・しまった!俺、当該人物じゃん!腕時計ハメてないじゃん!
その点に気が付いた途端、居てもたってもいられずに長年お付き合いのある出版社へ個人的に相談に。こちらは男のこだわりアイテムを紹介し続けて八百五拾余号の『monoマガジン』を擁する大出版社。そこで長考熟慮のうえ導きだしてくれた編集者氏による紹介の品がこちらドイツ特殊時計Sinnなのでありました。
織本知之/日本写真家協会会員。第16 回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。
■Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 連載記事 アーカイブ一覧
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